第5話





「あの、飛翔さん。お願いがあるんですけど...」

店主の妻が言う。

「何ですか?」

「厚かましいってのは重々承知なんだけどね、あたしにも読み書きを教えちゃくれないかい?あと、できれば店番が出来る程度に計算も」

この国は科学技術が最も発展しているが、その実、女性の進学が許されていないので、学力的には国全体で考えると低い方だ。他国の様子を見てきた飛翔は密かにそこが気になっていた。

店主の妻のように読み書きが出来ない女性も少なくない。更に、日々の買い物の場合は大型の店舗が多く、その多くの店ではそれこそコンピュータ処理の上に電子による支払いが主なので、計算が出来なくても不便がない。

ただし、この書店のように小さな店にはそんな大型の機械の導入は諸々の理由で難しい。

その場合、店主が金銭の計算をし、客はそれを支払うこととなる。

勿論、電子で管理されていない、形として見える通貨もあるので、それで支払われた場合には計算が必要となる。

「何を生意気言ってるんだ!」

店主が言うと

「あんた、この間の魔族の襲撃のときに大怪我して店に出られなかっただろ?そのとき、あたしは何も出来なかったし、この子にはまだ早いし...みんなが助けてくれたから何とかなったけど、今度またあんたが何らかの理由で店に出られなくなっても困らないようにしておきたいんだよ」

「私は、構いませんが...」

「本当かい?」

「ええ。先ほど退役してきましたので、時間が出来ました。大丈夫ですよ」

さらっと飛翔がそういい、

「本当に、辞めちまったのかい?!」

と店主の妻が目をむく。

「はい」と飛翔が頷くと「男って、本当に見栄ばかりだね!」と怒りを露にする。

「あたしだって、飛翔さんが国の中心にいないのが拙いことくらいわかるよ!!」

「まあ、仕方ないです。今の体制、制度では私はあそこに戻れません」

清々しい表情を浮かべて言う飛翔に、店主の妻は眉間に皺を寄せた。

しかし、

「あたしが此処で吼えたって何にもならないこともわかってるよ」

と肩を竦めた。

「じゃあ、飛翔さん。明日から、1時間くらいで良いから少し時間をとってくれるかい?」

「ええ、構いませんよ。こちらに伺えばいいですか?」

飛翔の言葉にお礼を言いながら店主の妻は頷く。

「では、またあした」と店を後にしようとして、腕をつかまれた。

父親が立ち直ったのでまた傍に来ていた息子だ。

「帰り、気をつけたほうが良いよ。おばちゃんたちも、結構大変そうだし」

こっそり教えてくれたことに飛翔は一瞬眉を寄せ、「ありがとう」と礼を言う。

「だって、飛翔さんはウチのお得意さんだからね。贔屓しとかないと、俺がこの店を継ぐときには潰れてるとかヤだし」

彼は笑ってそういい、手を振って飛翔を見送った。

「飛翔様」

控えていたハヤテが言う。

「急ごう」

そう言って飛翔は地を蹴り、風に乗り、それに続いてハヤテも風に乗った。


家に着くと、飛翔は少しだけ胸を撫で下ろした。思ったほどに酷くはない。

「風真」

ドアの外から声を掛けるとすぐにドアの鍵が開いた。

「飛翔様!」

飛翔の胸に飛び込んだ少女を飛翔は抱きとめ、そのまま家の中に入る。

勿論、ハヤテは飛翔に続いて家の中に入るのだが、ドアを閉めた瞬間バトルが開始された。

「飛翔様から離れろ、魔族」

「ふん、あたしの方が飛翔様の傍に長くいたんだから。先輩を敬ってどっかに消えなさいよね」

「羽を毟るぞ」

「はんっ!あんたの鱗全部はいで尻尾もぶった切って鍋に突っ込んで今晩のおかずにしてやるわ!!」

飛翔にしがみついたままの風真と、それを冷ややかな視線で見つめるハヤテの飛翔争奪戦が始まった。

「飛翔ちゃん!モテモテ!!」

「ただ今戻りました」

玄関の騒ぎに気付いた風花が笑う。

「あらあら、風真ちゃん。飛翔ちゃんも疲れてるはずだから、とりあえず家にあがらせてあげなさいよ」

凪に言われて風真は飛翔から離れ、「飛翔様、お疲れ様でした」と深々と頭を下げた。

「いや、留守の間ありがとう。あと、この家の中ではハヤテとの喧嘩は控えてくれ。ハヤテも」

「飛翔様がそう仰るなら...」

渋々頷く風真をハヤテが鼻で笑う。

「何よ!」

「従順な小鳥だな」

「黙れ、トカゲ!!」

一触即発の2人に向かって飛翔は笑顔を向ける。勿論、本心からのそれではなく、軍に籍をおいていたとき、しばしば見せていた温度のないそれだ。

「今しがた言ったことをもう忘れたのか?」

「ごめんなさい!」

「申し訳ありません」

2人は即謝罪の言葉を口にする。

「仲良しでいろとは言わない。性質から考えて、無理だろうからな。ただ、一々喧嘩をするな」

そう言って飛翔は自室に向かった。









桜風
12.1.8


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