第8話
| 飛翔がなにやら教室を開いていると言う噂はあっという間に待ちに広まり、資産家の娘まで顔を出すようになった。 週に3日程度と言うこともあり、顔を出しやすいようだ。 あまりの大所帯に、飛翔は苦笑を漏らした。 学校の施設さえあれば、この人たちは学ぶことができるのに... 中には初等学校に上がる前の子供もおり、男女問わず顔を出している。 お陰で、教えるレベルがまちまちで飛翔は少し苦労していた。 そんな中、自宅を教室として提供したいと申し出てくれた人が居た。 気難しいことで有名な資産家の空音(たかね)という名の未亡人だった。その申し出を訝しいと思う主婦達は少なくなかったが、場所があるほうが助かるのは事実なので飛翔はその申し出を受け入れた。 資産家の未亡人という噂は聞いていたが、声を掛けてくるくらいに屋敷は大きかった。 おっかなびっくりで屋敷の敷居を跨ぐ子供達に女主人は温度のない瞳を向けている。 「お声を掛けていただき、ありがとうございます」 飛翔が言うと「いえ」と短く素っ気無い返事があった。 それから飛翔は毎週教室のためにその屋敷を訪れた。 飛翔は教室を終わらせた後は、屋敷の手入れの手伝いを申し出た。最初は断られたが、高い所の作業など、空音と古くからのメイドが困っている箇所を見つけては手を出していたので、彼女も諦めたようだ。 飛翔が手伝うことは即ちハヤテも手伝うことになり、力仕事もお手の物の彼の手伝いがあるのは助かるとメイドがこっそり教えてくれた。 ある日、いつものように飛翔が教室をしていると屋敷の入り口付近が騒がしい。 「奥様!」とメイドが慌てて部屋に入ってきた。 「どうしたの、騒がしいわね」 「ぐ、軍が...」 彼女が訴えているところに複数の靴音が部屋に入ってきた。 「やはり貴様か」 飛翔を睨んで彼がそういった。 服を見れば『赤』というのはわかるが、顔に覚えがない。誰だっけ...? じっとポーカーフェイスで自分を見る飛翔の考えが読めず、彼は少し怯んだ。 「それで、軍の方が、他人様の家に勝手に入ってきて何を?」 飛翔が用件を問う。席を外していたハヤテが飛翔の隣に立った。 「貴様は知らないとは言わせないぞ。何年、国を騙して軍に籍をおいていた。女如きが『学ぶ』などこの国では許されていない」 高らかな宣言に、飛翔が盛大に溜息を吐いた。 「どこにそんなことが書いてある?軍は法に基づいて規制を行っている。法に反することをする者を取り締まるのは、なるほど軍の任務だ。ついでに、赤は市中の警備が管轄になっているから市中の違法行為を取り締まるとなれば、赤の任務だ。しかし、これの何処が違法行為だ?」 飛翔の言葉に「先ほど言ったとおり、女は高等教育を認められていない」と唾を吐き散らしながらいう。 飛翔は再び溜息を吐いた。 「どの法に記載されている項目だ」 「教育法に決まっているだろう!」 「教育法に定められているのは、『教育機関』への進学の資格だ。では、問おう。ここで計算や作法を教えているが、ここは『教育機関』か?教育法に定義が定められているが、『教育機関』とは、国が認めたものに限っているはずだ。国は、ここでの『教室』を教育機関と定めたのか?」 飛翔の言葉に彼は言葉に詰まる。法なんて隅々まで覚えていない。 「こちらに乗り込む前に法を確認しておくべきだったな」 飛翔が言うと彼は銃を抜いた。悲鳴が上がる。 「軍に所属する者でも、簡単に銃を抜いてはならない。これは、軍規に規定されている」 銃口を向けられても顔色一つ変えない飛翔に彼は激昂した。 「うるさい!罪名なんぞ後でいくらでも「やめろ」 冷ややかな声が言葉を遮った。 赤の中尉、鳳貴(ほうき)が部屋に入ってくる。 飛翔を一瞥し、部下に向き直った。 「お前たちは、巡回ルートを外れてこんなところで何をしている」 「あ、いえ。法を犯している者達の噂を聞きつけましたので...」 「まずは銃を仕舞え」 鳳貴の言葉で慌てて銃を仕舞う。 「この屋敷の主人は?」 「こちらのご夫人、空音様です」 飛翔が空音を示した。 「私の部下がお騒がせいたしました」 「中尉!」 「捏造しなくては出てこない罪名なのだろう?」 上司の指摘に視線を外した。 「お前は、どこにいても目立つのだな飛翔」 「好んでそうなっているつもりはないんだがな」 苦笑して飛翔は返し、赤の少尉は部下を連れて屋敷を後にした。 とりあえず、今日は教室どころではないだろうと飛翔は早めに切り上げて皆を返した。一応、護衛としてハヤテをつけたため、皆安心して自宅へと向かっていった。 |
桜風
12.2.26
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