第17話





庭でぼうっとしていると背後から打撃が繰り出され、飛翔は一歩分距離を取った。

「なんだ」

不機嫌に返すと打撃を繰り出した炎狼が笑う。

「モッテモテー」

先ほど風の国に常駐しているこの国の者から連絡があった。

水を除く他国からも飛翔を受け入れたいと言う打診が、風の国にあったという。

水は元々女性の政治参加が出来ないから仕方なく手を挙げることが出来なかったと言うところだろう。

「逃げてきたのにな」

笑いながら炎狼が言う。

その笑顔が腹立たしくて、飛翔は蹴りをお見舞いしたが、先ほど飛翔がしたように炎狼が一歩分距離を取って避ける。

「で?旅は終わりにするのか?」

「いいや。皆に礼を言いたいし、ドサクサに紛れるなら今しかないだろう。これだけゴタゴタしているんだ」

「ゴタゴタしているんだからよそ様に迷惑だと思えよ」

「暇をしていた次期頭領に言われたくないな」

チクリとイヤミを返すと炎狼は苦笑を返した。随分と余裕がある。

飛翔は面白くなさそうに肩を竦めた。

「んで?ウチにはいつまでいるんだ?」

「明日には出立する。空を翔れば1日も掛からないからな。連絡は、そっちの通信を使わせてもらうんだ。頭領の許可は得ている」

「オヤジ、相変わらず飛翔に甘いなー。次、どっち?」

「雷かな。ぐるりと回って帰ろうと思っているから。みんなには近々お邪魔するって連絡だけは入れている」

「んじゃ、最後は氷かー」

ざっと頭の中の地図を広げる。

「そうなるな。気が楽だ」

苦笑して返す。

「国に帰るのは、ひと月くらい後ってことか?」

「そうなるかもな。こんな長い間国を空けられるようになるとは思わなかったよ」

「国の代表でもないし、それが普通だろう」

「...かもな」

なにやら思うところがあるようだ。それはそうだろう。

「じゃあ、今晩飲むか?」

そう言って杯を傾ける仕草をする炎狼に

「脳細胞が壊れるぞ。ああ、壊れるような脳細胞はないんだったか?」

と飛翔が返した。

「ひでぇ!」

声を上げる炎狼に飛翔が笑う。

「...やっぱり、この国の時間の流れはゆったりしているよな」

空を眺めて飛翔が呟く。心なしか、雲の流れる速さまでのんびりしているように見える。

「おお、とうとう移住を決めてくれたか」

不意に現れた声に、飛翔と炎狼は思わず距離を取る。

「飛翔が珍しいな」と声の主、先代が声をかける。

「平和ボケです」

気まずげに言う飛翔に対して彼は声を上げて笑った。

「平和ボケ、結構だろう。お前たちが最も味わっていいものだ」

目尻の皺を深く刻んで頷く。一見好々爺に見えるようになったな、と炎狼も彼の変化に時々驚いている。

まあ、『見える』だけで相変わらずの鬼のように鍛錬の指導をしてくるが...

「移住はしませんよ。私の国は『風』です。時々、体を休めるのには炎が居心地が良いんですよ」

「振られてしまった。炎狼、口説き落とせ」

先代に言われて「おれが口説くのは爛だけだ」と炎狼が真顔で返す。

「口説き落とせていないのが残念な現実だな」

飛翔がからかう。

「あれは、絶対にオヤジが邪魔してる!」

「じゃあ、味方になってもらうために勤勉になれ。修業をサボるな。勉学に励め」

飛翔もそこら辺の事情は知っているのでからかいの言葉が楽しげだ。

彼女のその言葉に色々と思い当たるところがある炎狼は返す言葉がなく、ぐぅと唸った。

「飛翔、今晩一献どうだ?」

先代に問われて飛翔は苦笑しながら首を横に振る。

「申し訳ありません」

「もう頭をフル回転させるような面倒ごとから解放されただろう」

飛翔が酒を飲まない理由を知っている先代は少しだけ食い下がってみた。

「いいえ、自分が落ち着かないんです。申し訳ありません」

「仕方ない。今度炎勇と酌み交わすか」

「それがよろしいですよ。先日、頭領とは杯を交わされたみたいです」

「相変わらず仲の良い兄弟だなー」

炎狼が苦笑して呟く。時々、その仲の良さは両国にとって拙いことになるのではないかと思うのだが、そこらへんは自分が心配する以上に2人は考えているだろう。

「飛翔、飲まなくてもいいから晩酌には付き合ってくれるか?」

諦めたらしい先代が言う。

「ええ、ぜひ」

と飛翔が頷き、

「おれも付き合ってやるよ。ジイサンが寂しがってるなら仕方ないよな」

炎狼も立候補した。

冷ややかな視線を向けた先代は「今日の分の鍛錬、済ませておけよ」と言ってその場からいなくなった。

「まだやってなかったのか」と飛翔が呆れ、「付き合ってくれ」と炎狼が頼み込む。

「仕方ないな」と言う飛翔の声が少しだけ弾んでいるのを気付けるのは、おそらく他に人がいたとしても炎狼くらいだ。

炎狼は飛翔に見られないように苦笑を漏らして、先代に言われた鍛錬を始めることにした。









桜風
12.7.8


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