第19話





食堂に着くと、男性陣の中で一際賑やかな集団がいた。

「飛翔ちゃん!」

ぶんぶんと手を振る風花を見つけて飛翔たちはそちらに足を向ける。

そこに至るまで何度か舌打ちが聞こえた。

凪はともかく、資産家の子女は少し怯えた様子を見せたが、飛翔が肩を抱き、「大丈夫」と胸を張り、視線をまっすぐに向けて呟く。

彼女は一度深呼吸をして「はい」と頷き、顔を上げた。

合格すれば、この中で働くことになる。

自分で選んだことだ。父親を説得して受験した。まっすぐ、自分の思いを父に伝え、何とか頷いてもらえた。

――まっすぐ。

自分が受験を決めたとき、座右の銘にすると決めたことば。

「どうだった?」

試験の出来を聞かれて

「時間が余りました」

と飛翔が答える。

「さ、さすがですね...」

鈴風が呟く。自分は時間が足りずに最後なんて勘で番号を慌てて塗りつぶしたと言うのに...

「ね、ここで美味しいの何?せっかくだから美味しいの食べたいじゃない?」

風花に言われて飛翔が答えていると「いい気なもんだな」と声をかけられた。

飛翔が振り返ると、それだけで彼は怯んだ。飛翔は別に睨んだわけでもない。振り返って、発言者の顔を確認しただけなのだ。

「何がだ?」

「遠足気分で、楽しそうだな。女は家で大人しく子供の世話でもしてれば良いんだ」

精一杯の虚勢。

飛翔は彼が気の毒になった。

しかし、自分の周りの女性陣は優しくない。

「あら、そちらの方こそ遠足気分じゃないの?だって、今年失敗しても次回があるもの。こっちは、今回しかないのよ。だったら、今の状況を精一杯味わっちゃったほうが良いに決まってるじゃない。それと。子供の世話をしてれば良い?それと、自分が出来ないことを相手に頼むなら、『お願いします』があって然るべきでしょう?偉大なお父様に教わらなかった?」

挑発的に言う凪に「姉様」と飛翔がたしなめる。

彼の親は、たぶん黒にいる。空也の部下に、彼に似ている人物が居た。

「今年の受験資格に則って我々は受験している。それに関してそちらが意見を言いたいのなら、我々ではなく、受験資格を設定した白と青に言うべきだろう。それとも、何処の部署が受験資格を制定したかがわからないか?」

飛翔の言葉に彼は赤くなってその場から逃げるように去っていった。

「飛翔ちゃんのほうが酷いと思う」

風花に言われて飛翔は笑う。

「以前はしばしば無駄に突っかかられていましたので。まあ、アレは可愛い方ですよ」

飛翔の言葉に、何人か表情を曇らした。

「合格した後、あの程度では済まない言葉と、敵意を向けられることになると思います。傷つけるためだけの言葉を。だから、金輪際受験資格を得られないかもしれませんが、ここで引き返すのもひとつの選択肢です」

飛翔の言葉にその場に沈黙が落ちる。

「飛翔さんは...」

「私は...皆がせっかくくれたチャンスです。フイにするなんて勿体ないです。それに、家にじっとしておくと言うのは、思いのほか退屈ですからね」

笑って飛翔が言う。

「私...」

一人がぽつりと言う。

「私、飛翔さんと一緒に働けるんだって思ったら、凄く、凄いことだって思ったんです。だから、私もフイにしたくないです。100人いたら、きっと殆どの人がさっきの人のような考えだと思います。けど、1人くらいは私たちを同じに見てくれる人がいると思います。この受験条件を考えられた部署の方は、きっと本当にギリギリを考えて、この条件にされたんだと思うんです」

相当苦労したのは、飛翔も想像に難くない。何より、今は黒と赤が息巻いているし、大総統は口が出せない状況で、その部署を抑えながら案を通したのだ。

過半数の賛成が必要だったはず。だったら、黒と赤からも賛成を取り付けなくてはならなかっただろうし、白と青から反対されるわけにもいかない。

この受験を実行するまでには、相当の駆け引きがあったはずだ。

ふと、食堂の中にその最も苦労したであろう、元上司を見つけた。

向こうはとっくにこちらに気付いていたようで、じっと見ている。

飛翔は目礼をした。

「ところで、昼食はどうするんですか?私は、一食抜いた程度全く響きませんが...」

飛翔の言葉に皆は「あ...」と声を漏らす。

一食分が多いので4人分を皆で分けた。

食堂を後にする際、「飛翔さん」と名を呼ばれて振り返る。

「一緒に、合格しましょうね」

「ええ。そうだ。先ほどの。100人のうちひとりではなく、10人くらいはいますよ」

彼女の発言に飛翔はそう言った。

「1割も?」

「ええ、敵ではないのも数えれば2割いくかもしれません」

「凄いです!」

「頑張りましょう」

飛翔の言葉に皆が頷き、それぞれの受験会場に向かった。









桜風
12.8.12


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