第29話
| 飛翔たちの背が見えなくなって颯希はほっと息を吐く。 今、颯希は総務の仕事を割り当てられている。書類を相手にするのが仕事だ。 だが、それ以外にひとつ特別な任務を渡されていた。総務だからできること。どの部署に顔を出してもおかしくない。 だから、内偵のような仕事。人事のほうはまだ未完成だと思われているようで、いろいろと動向を探るようにしている。 その中でなぜか自分に白羽の矢が立った。 自分と、報告する相手のみが内偵にかかわっていること以外の情報はなく、ほかにだれが同じような任務に就いているかがわからない。 そして、自分が報告する情報は勝手に精査はできない。見たものすべてを報告する必要がある。自分も、誰かに見られているのだ。精査していることが知られると、それは自分にとって拙いことになる。 そんな中、今回の事件に遭遇してしまった。 この任務のおかげで組織内の少し特異な人間関係というのをある程度知ることができた。 東風のあの行動の原因となった事件も知ってしまった。 だから、あの男と東風が遭遇しているのを見たとき、思わず東風を止めに行こうとした。それは自分にとってマイナスになるかもしれない行動。でも、東風は前の部署で面倒を見てもらった。 いちいち構われてちょっと鬱陶しいと感じなくもなかったが、それでもお兄さんのような感じはしていた。 駆け出そうとしたところで、肩をポンと叩かれ、その人物はすっとそちらに向かった。 「飛翔様...」 つぶやく。 本当に颯爽と、風のようにその場に駆けていった彼女は自分の憧れで、また一緒に働けることが嬉しくてたまらなかった。 今度は自分があの人をちゃんと助けるんだと思っていた。 だが、さっそく助けられた。 彼女が自分の任務のことを知っているのかはわからない。ただ、そういう任務があることはきっと知っている。 以前、彼女がその任務をしていたのだ。だから、容易に想像はつくだろう。 そのことを知ったのもこの任務に就いてからだった。 飛翔が男の耳元で何かを囁いた。それは、前の任務の際に知り得た情報だろう。脅しには十分だ。 そして、東風を連れて飛翔はその場を去って行った。 去り際に少し振り返って軽く手を挙げた彼女は、相変わらず頼りになる背中だった。 部署に戻る前に任務の報告に向かった。 「あ、やっぱり」 報告した相手は苦笑した。 「あの...」 「飛翔が戻ってきたときの弊害っていうのかな」 その言葉に颯希は反感を覚えた。言いつのろうとしたが、 「ああ、いやいや。裏を思い切り知ってるからな、彼女」 とその理由を付け足された。 「飛翔様は、その...」 「この国の一番汚い所を見ているからなー。そういう意味でやりづらい。まあ、だから外にも出したくなかったんだけどな」 「んで、お前今忙しいんじゃね?」 飛翔の隣を歩きながら東風が問う。 「私はそうでもない。上は忙しそうだな。あと、技術部」 「...なんかすごく違和感あるなぁ」 苦笑して東風が言う。 飛翔は視線で言葉の続きを促した。 「や、飛翔が『上』っていうこと」 「楽だぞ。今は空人のほうが忙しい」 「いやいや、あいつは数か月前から死ぬほど忙しかったぞ」 「死ななくてよかったなぁ」 原因が自分にあることを理解したうえで飛翔が言う。 「なんでお前下っ端なの?」 「何かあってまた国を空けた時に下に皺寄せが行くから..という建前がある」 「本音は?」 愉快そうに東風が言う。 「たぶん、あまり権力を持たせたくないんだろうな。面白くないだろう。その気になれば、帝よりも上だ」 肩をすくめて飛翔が言う。 「その気になる気は?」 からかうように東風が言う。 「ないな。動けなくなる」 「だろな」 クツクツと笑いながら東風が頷いた。飛翔のことを知っていればそんな懸念はない。 ただ、やはり怖いのだろう。彼女の実力と、血と、背負っている運命が。 「ほれ、見えたぜ」 「ああ、本当だ。なんだ、前の白の少尉の執務室か」 飛翔がつぶやく。 「ま、なかなか慣れないな」 「手間をかけさせてしまいましたね、先輩」 飛翔が言うと東風は苦く笑う。 「じゃあな」 「ありがとう」 飛翔の声に軽く手を挙げて応えた東風は自分の持ち場に戻って行った。 |
桜風
13.4.7
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