第36話
| はぁ、とため息を吐きながら、雷は詰めている襟を寛がせた。 「いいのか、王子殿下」 隣を歩く飛翔が問う。 「同じく、いいのかな。口調」 からかうように雷に指摘されて飛翔は肩を竦めた。 「本当に、連れて行っても大丈夫なのか?」 飛翔が雷に問うと 「責任者がいいって言ってるんだし。大丈夫じゃない?」 と返された。 「というか、殿下は執務は良いんですか?」 飛翔の言葉に 「いいんだよ。サボらせて」 と雷が返した。 「何だって、みんなサボりたがるか...」 ため息交じりに言う飛翔に「ああ、炎狼?」と雷が問う。 「そのとおり。そういえば、さっきは他国の状況を聞かれて、正直焦ったよ」 「そうは見えなかったけどね。まあ、ウチの高官たちを動かすなら、プライドを刺激したらいいんだよ。だから、ウチが一番遅いかもという危機感を持たせたら動くのも早くなるかなって。 この間飛翔から相談があった時に聞いた話だと、沙羅のところを除いたらもう話は着いてるっぽかったし」 「なるほどな。勉強になるよ」 飛翔が相槌を打つと雷は苦笑した。 「わかってたくせに」 「持って行き方は悩んでいたな。他国の人間に指摘されても反発するだけだろう。かといって、普通、自国が最後なんて現実を見たくないだろうしな」 「見たくないものを見ないのは簡単なんだけどね。それをしたツケが色々と今となって...」 そう言ってため息を吐く雷に飛翔は笑った。 「笑い事じゃ...」 「まあ、お互い環境は変わったからな。今までにない苦労のようなものもあるだろうし」 「みんなどうだった?」 少し前に飛翔は各国を回った。 そのため、最も皆の近況を知っていることになる。通信で話をしていても、やはり会って話をしてみないと分からないことは多い。 「みんな似たようなものだよ。どうしたって環境は変わった。ああ、炎狼だけは相変わらずだったな。どうやら、爛さんは人参になっているらしい」 「...何かの呪い?」 声を潜めて雷が問う。 「いいや、慣用句だよ。人参を目の前にぶら下げられた馬はその人参欲しさに、必死に走るっていうね」 「ああ、爛さんとの婚約か何かを餌に炎狼に何かをさせているって事ね」 「というか、人参をぶら下げられて、やっと義務を果たさざるを得ない状況になったというか...」 ため息交じりに言う飛翔に 「相変わらずがあって安心したわ」 と雷は笑う。 技術部の作業場に辿りついていた。技術部責任者が何かの装置の前で話をしており、それを風香が興味深そうに聞いている。 「飛翔ちゃん」 「はい」 上着を脱いだ母がそれをぐいと押し付けてきた。 雷も一緒ということで、一部の者たちに緊張が走ったが、ここにいる者たちは基本的に貴族ではない。 貴族はこんな油にまみれたりするのは好きではないので、こういう職場なら庶民でも中央に来れる。 勿論、権限なんてものは与えられない。 だから、その分権力者に阿ることはないし、正直言って、雷にとって居心地のいい場所だと気付いた。 シャツを腕まくりして技術部の責任者と何やら話し込んでいる。 「風香さん、大変そうね」 雷が呟く。 「ん?」 「目の下の隈。コンシーラで誤魔化してるけど、誤魔化しきれていない」 「まあ、な。この間嵐に会ったけど、あの子も酷い顔をしていたよ」 「...ごめんなさいね」 「なにが?」 飛翔が首を傾げる。 「ウチのが、変に強情張って」 ウチの、というのは外務官の事だろう。 「ちょうどいいよ。さっき、母様が仰ったように順番だったからね。正直、順番待ちに応じられないと言われる方がよっぽどきつかったはずだ」 なるほどな、と雷は納得した。そして、そんな風に言われるときが楽で、ありがたい。 「で。女性の社会進出はどう?」 「軋轢は多いけどな。一応、白が配置をいい具合に考えてくれたよ。風当たりで行ったら、私がやはり一番きつくなるように置いてくれている」 「あら、苦労人」 くすくすと雷が笑う。 「いいんだよ、打たれ強いからな。それに、身内以外の味方を知っているから、つらいという思いはないし。むしろ、楽しいな」 「飛翔にケンカを売る人たちって、どういう思考をしているのか、ワタシ理解できないのよね」 「そうか?そういう教育を受けて生きてきたんだし、仕方ないと思うな。ウチは、父様が外の人だったから、そういうの全くなかっただけだと思う。それに、少しずつ意識改革も進んできているみたいなんだよな」 「東風先生主導で?」 「あー...あいつは、人に何かを教えるって事ないし。東風に何かを教わるくらいなら、猿に教えを乞うっていう人の方が多いだろうな」 「ここにも相変わらずがあった」 雷は再び笑った。 |
桜風
15.1.3
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