| テラスから窓の外を見ると黒塗りの高級車が近づいてきた。 どうしたのだろう、とは首を傾げる。 今日は誰か客が来るという話だっただろうか... しかし、どう記憶を辿ってもそういった話は聞いていない。 そして、その車が家の前まで来たときに、誰のものかがやっと分かった。 「...翼?」 。 彼女は世界の真壁財閥の総帥と遠縁の親戚筋に当たる資産家の娘だ。 そんなに頻繁に会うことはないが、それでも『社交界』と呼ばれる場に行けば顔を合わせる親戚がいる。 それが、真壁翼だ。 真壁財閥の御曹司らしい。だが、つい最近知ったのだが、モデルのアルバイトもしているそうだ。 彼の幼いときに亡くなった母親がモデルだったからその世界に興味を持ったのかもしれない。 実際、何だか人気のあるモデルだそうだ。 たしかに、話さなければ言うことなしだろうから。しかし彼は日本語を話してはいけない。色々と間違っていることが多いから。 やはり車は家の前で止まった。 運転席からは翼の秘書である永田が降りてくる。 そして、後部座席のドアを開けるかと思ったのだが、開けなかった。 どういうことだろう。 首を傾げていたはとりあえず、永田に会ってみようと思ってテラスを後にした。 「こんにちは、永田さん」 「お久しぶりです、様」 永田は恭しく礼をする。 「どうしたんですか?今日は永田さん一人ですか?」 永田は翼の秘書で、いつも翼の傍に控えている。 だから、永田を単品で見たことがない。 「はい」と言って微笑む永田のその笑顔が何か含みのあるものだと気づいて苦笑した。 「『先生』ですか?」 永田や翼から昨年何度もその存在の話を聞いた。 昨年、翼の担任となった『先生』はとても生徒想いで、素直な可愛らしい人だと永田が言っていたのだ。 翼も翼で、別の表現で同じように彼女を褒めていた。 そして、翼は特別な感情を彼女に対して抱いたらしい。それは、翼にとっても永田にとっても初めての出来事だった。 は以前一生懸命年相応に想いを形にしようとしている翼が何だか可愛らしくて頭を撫でてしまったことがある。 その後、物凄く怒られたのだが、それでも可愛いと思ったのだから仕方のないことだ。 永田から何故翼の元を離れて一人でここにいる理由を詳しく聞いた。 なるほど、先生と翼を2人きりにするためだったのか。気が利いているのだか、余計なお世話なんだか... そんなことを思ったが、同時にハタと気が付く。 「でも...だったら何故うちにいらっしゃったんですか?」 せっかくのお休みだ。 自分の好きな時間を満喫すれば良い。 せっかく勢いというか策略で手にした長期休暇なのだから。 いや、そもそも永田は翼の秘書と言うよりも翼の父親の秘書だったような気がする。だったら、そっちで仕事があるんじゃないだろうか。 の考えていることが何となく分かった永田は苦笑した。 「実は、サボりました」 「は!?」 悪戯っぽくさらりと言う永田に思わずは声を上げた。サボった、って... 目をぱちくりとしているににこりと微笑む。 「様が私を呼んでいらっしゃるという話にしています」 呆れた、とは溜息を吐く。 はっきり言って、自分にそこまでの権力や発言力はない。真壁の前ではほぼゼロだ。 それなのに、名前を出されてサボりの口実にされたというのだ。 だが、あの真壁財閥の総帥が永田のこの程度の嘘を見抜けないわけがない。結局彼もまた永田に休暇を与えたのだ。 「永田さんはうそつきね」 笑いながら言うに「光栄でございます」と永田は礼をしながら応える。 「じゃあ、水族館に連れて行ってくださる?」 少し澄ましてはそう言った。 「承知いたしました」 仕方ないから、は永田の嘘に付き合うことにした。 |
桜風
09.4.1