It's so happy





隣の助手席から聞こえる寝息に星月は苦笑を漏らした。

「絶対に寝ない、って言ってたのは誰だよ」

小さく零して路肩に寄せて停車する。

後部座席に置いているブランケットを掛けてやってまた車を走らせた。

「星がたくさん見えるところが良いです」

何処に行きたいかと聞いたら彼女がそういった。元々星が好きなのは改めて確認するまでもなく知っている。

しかし、こんな幸せそうに寝ているのに、目的地に着けば起こさなくてはならなくなるのが少々心苦しい。

「ガラでもないな」と零してまた苦笑した。



―――自分は人を愛する資格が無い。

星月学園で保健医兼理事長をしている星月琥太郎は長い間そう思っていた。


元々男子校だった星月学園は近年女子の受け入れを始めたが、中々女子の入学がなくてやっと入ってきた猛者がいた。

ひとりは『夜久月子』といい、もうひとりは『』といった。

彼女達は素直で、自分が不幸にしてしまった少女を髣髴とさせた。そして、は凍てつかせていた星月の心を溶かしてくれた。彼女が何か特別なことをしたわけではない。ただその存在が、星月が頑なまでに拒んでいた誰かを特別に想うということを自然にさせた。

そして月日は流れて、彼女は自分の進むべき未来に向かって学園を去っていった。



理事長として忙しい毎日を送っており、勿論、保健医としての仕事もこなしている星月は多忙を極めていた。

休みの日は惰眠を貪るに限ると思っている星月である。

しかし、その日は仕方なしに出かけていた。連日気温が30度を超える真夏のある日の出来事だ。

日差しが強く、殆ど寝ていない体には辛いと思いながらも用事を済ませて駐車場に停めている自分の車に向かっていた。

ああ、マズイと自分でも自覚した。

とっとと用事を済ませて帰りたい一心だったこともあり、水分補給を怠っていた。おそらく、熱中症だろうと自分でそう思いながらもどうしようもなく、結局意識が遠退いた。


「おはようございます」

薄っすらと目を明けると顔を覗きこんで女性が言う。

「あー...えーと?」

「どうなったんだ?」ということと、「ここはどこだ?」という両方を同時に思ったので言葉が出てこなかった。

「此処は、医務室ですよ。保健医が医務室で処置されてるんですよ」

からかうように言われてムッとしたが、何故自分が保健医だと知ってるのだろうかと驚いた。

「あれ?星月先生、覚えてないですか?当時は結構珍しがって覚えられたものだと思ってたんですけど...」

..か?」

顔を見た瞬間、勿論彼女の名前は浮かんだが、まさかこんなところにいるとは思わない。

「ご名答、さすが星月先生ですね」

おどけて彼女が言う。

「お久しぶりです。あ、点滴がまだ残ってるので大人しくしてください。たぶん、熱中症だそうです。先生を呼んでくるので、ちょっと待っててくださいね」

そう言って彼女はいなくなった。

たしかに、ベッド脇には点滴がある。

そうか、倒れてしまったのか...

暫くして、白衣を着た厳つい顔のドクターがやってきた。

「ああ、顔色は悪くないな...保健医なんですか?彼女から聞きましたよ。自己管理をしないと、生徒に舐められますよ」

からかうように言われて星月は返す言葉も無く「はあ」と曖昧に言葉を漏らした。

「運が良かったですよ。駐車場のど真ん中でお倒れになったらしいですからね。この子が引きずって車が通らない、安全な場所まで運んだみたいですよ」

そう言ってドクターはを振り返って見上げる。

「すみません、服とかすごい汚れたと思います。さすがに持ち上げられなかったので」

肩を竦めて彼女が言う。

「ああ、いや。ありがとう。は何でこんなところに?」

「大学で必要になりそうな書籍を探してて。ここら辺じゃ、このモールの書店が一番大きいので」

言われて納得した。そうか、まだ大学生..か。

「星月先生、わたし運転しましょうか?」

が困るだろう?駐車場にいたってことは、お前も車だろう」

「あ、友達に乗せてもらって此処まで来たんで。わたしは車じゃないです」

慌ててが言う。

「本当か?」

彼女はこちらに気を使ってさらっと嘘をつくことがあった。何度かそれに騙されて後になって申し訳なかったなと思ったものだ。

だから、星月も彼女の嘘をいい加減見抜けるようになっている。

じっと彼女を見てもどうやら本当だと判断できた。

「免許は、いつ取った?」

「聞いたら物凄く不安になりますよ?」

悪戯っぽく笑ってが答える。

「じゃあ、聞かないでおこう。手間になるが、頼めるか?帰りは、誰か他の先生に送るように頼んでみよう」

は「まっかせてください」と胸をポンと叩き、「あ、あと。バスで戻るので大丈夫ですよ」と笑った。

彼女の運転歴は聞かないと決めたが、聞かずにはいられないくらい危なっかしかった。

あのまま駐車場で命を落とすか、それとも公道で命を落とすか...

「奇跡って身近に起きるものなんですね!」

学園まで何とか辿り着き、エンジンを切ってが笑いながら言う。

「俺は何度か覚悟を決めたぞ」

脱力しながら星月が言う。

「何言ってるんですか!簡単に諦めちゃダメですよ」

そう言って彼女は車から降りた。

「じゃあ、星月先生。お大事に」

「ああ、待て。、連絡先を教えてくれないか」

お礼をしなくてはならない。

そう思って星月が彼女に声を掛けた。

「星月先生、ナンパですか?水嶋先生みたいですよ」

からかうように彼女が言う。

「それで良いから、教えなさい」

少し驚いたように眉を上げたは「はーい」と笑って星月に連絡先を教えた。


そして、お礼の品を送り、からそのお礼の連絡があったときにどこかに連れて行ってあげると言ってみた。

するとは意外にも乗り気で「星がたくさん見えるところが良いです」と言ったのだ。

必然的に夜になるのだが、そこは気にしないのだろうか。寧ろ、気にしろと思いながら確認すると「昼間に星が見えるのなら見せてください」と生意気を言われたので夜に連れて行ってやることにした。



「着いたぞ」

声を掛けて彼女を起こす。

「まだあと5分...」

「何てベタな...」と呆れつつ、「起きなさい」と起こす。

「ほら、ご所望の『星がたくさん見えるところ』だ。車から降りろ」

促されては車から降りた。

空を見上げて感嘆の声を漏らす。

「凄いですねぇ...」

「ああ、そうだな。どうだ、星がたくさん見えるところ。合格か?」

からかうように星月が言うと彼女はコクコクと頷いた。

並んで空を見上げているとキラリと星が瞬いて流れる。

コイツが幸せになりますように、とガラにも無く心の中で願いを思い浮かべると隣からの声が聞こえた。

思わず我が耳を疑う。

「星月先生が幸せになりますように」

驚いてを見下ろすと彼女は自分を見上げて首を傾げる。

「どうかしましたか?」

「ああ、いや。星が流れたな」

「はい!」

嬉しそうに頷く彼女の頭を優しく撫で、「ありがとう」と星月は呟いた。









桜風
11.5.3


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