ずっと





繊細で優しい。

彼の音色は、彼自身の性格を映し出している。

瞳を閉じてその音色に耳を傾けていたはそんなことを思っていた。

曲が終わり、演奏者が椅子から立ち上がる。

は拍手をして彼の演奏を称えた。

「いつもありがとうございます、青空さん」

演奏をしていた彼、青空颯斗はふわりと微笑む。

「いいえ。僕のほうこそいつも聴いてくださってありがとうございます」

そう言ってが座っているベッドの傍の椅子に腰を下ろした。

さん、横にならなくても大丈夫ですか?」

労わるように颯斗が言う。

彼女は困ったように笑って、「今日は調子が良いんです」と返した。


の父親は、クラシック好きで時間に余裕があるとすぐにコンサートに行っていた。

颯斗の演奏を聴いたとき、娘の顔が浮かんだと言う。

生まれたときから体が弱く、家の中で過ごしている娘。きっとこの音色を聞けば心が休まるだろう。

そう思った彼女の父親は、ありとあらゆるコネを使って、颯斗に会うことが出来た。

最初、困惑していた颯斗だったが、彼の願いを受け入れた。

そして、に初めて会ったのが1年前のこと。

「もう1年ですね」

窓の外を眺めて颯斗が言う。

空は青く、ゆっくりと流れる雲。今が一番過ごしやすい季節かもしれない。

「そういえば、青空さん」

「何ですか?」

の声に優しく颯斗が返す。

「昨日の日暮れ、星空を見上げましたか?」

「そういえば、最近は少しご無沙汰です。今は何が見えるのでしょか」

「今、金星と木星が最接近だそうですよ。昨日、見てみると、本当にすぐ傍に2つの星があって...綺麗でした」

星に詳しい颯斗と出会ってから、は趣味が増えた。

これまで無為に過ごしていたベッドの中だったが、窓の外を翌眺めるようになった。昼間の空も季節を感じさせる色がある。そして、夜は星がそれを教えてくれる。

颯斗との出会いは、にとって、本当に奇跡のようなものだった。いや、奇跡そのものだったのかもしれない。

は部屋の壁掛け時計を見た。随分と長居をしてもらっている。

「あの、青空さんお忙しいのでは?」

が言う。

颯斗は首を横に振った。

「いいえ、大丈夫ですよ」

「でも、今世界ツアーの真っ最中なんですよね。ご実家にもお戻りになりたいでしょうし、わたしのためにお時間をそんなに割いていただくのは...」

本当はもっと話をしていたいが、颯斗の都合だってあるし彼はたくさんの人に必要とされているのだ。

自分が独り占めなんて許されるはずがない。

「僕にとって、さんにお会いすることはとても楽しみなんです。ツアー中でもあなたに何を聞いてもらおうかな、ってそんなことも考えているんですよ」

微笑む颯斗には胸が締め付けられる。

「あの、青空さん...わたしのお願いを聞いていただけますか?」

「はい」

「この先も、ずっと傍であなたの演奏を聴いていたいです...最期まで」

の言葉に颯斗は目を見開く。

そして、寂しげに睫を伏せた。

ああ...

は諦めた。無理を口にした。こんなことを言われては、颯斗はもうここには来ないだろう。

さん」

「...はい」

は俯いた。続けられる別れの言葉を受け止められるよう、歯を食いしばる。

「では、僕からもひとつお願いを聞いてください」

驚いたが颯斗を見ると彼は優しく微笑んだ。

「僕のことは、名前で呼んでください。颯斗、と」

「は..や、と...さん」

困惑しつつ、彼女は颯斗の名を呼ぶ。

颯斗は嬉しそうに目を細めた。

「この先も、さんが僕の演奏を聞いてくださるのは僕にとっても凄く嬉しいことです。あなたに、一番近くで僕の音色を聞いてもらえる。とても幸せなことです」

そう言って颯斗はのベッドに手をついて、彼女の唇にそっと口吻ける。

「ずっとずっとあなたの傍にいさせてください。遠い未来まで」

颯斗の言葉にの瞳から雫が零れた。









桜風
12.5.29


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