| 正装をして彼女の家に向かった。 颯斗はまだ車の免許を持っていないので、公共交通機関で向かおうとしたのだが、体裁が悪いと言って親が迎えに来た。 少し郊外にその家はあった。 彼女は祖父の家に住んでいるのだという。 母親がハーフで、彼女はクオーターとなる。 出会ってから随分経って初めて知った。 「久しぶりだな、青空」 そう言って出迎えたのは彼女の父親だった。 握手を交わしてハグをする。 (そうか...) 日本を出たことがなかった颯斗にはその挨拶は初めてだった。 「颯斗君、大きくなったな」 「お久しぶりです」 そつなく挨拶を返して、部屋の中を見渡す。 彼女の姉は居た。母親も。 本人がいない。 「おや、ちゃんは?」 颯斗の父親が問うと 「さあ。部屋にこもったきり出てこないんだ。普段、正装をしないからね」 「見てきますわ」 苦笑した父親が妻を振り返り、彼女も苦笑をして椅子から立ち上がる。 「すまないな」 「いいや。あのちゃんがどんなふうに変わったか、興味があるからな。颯斗を妖精さんと言った面白い子だったよな」 父親がそんな昔の事を覚えていることに颯斗は驚いた。 しかし、その驚きはすぐに消えた。彼がおぼえているのは、彼女の情報だ。自分ではない。 父と彼女の父親は何か話をしていた。 彼女の父親は外交官で、今は南米にいるらしい。 何か催しを考えていて、その中で青空風雅のピアノ演奏を、ということも構想しているようだ。 父も、各国の要人が集まる場でのピアノ演奏ともなれば、自分にも利がある。 友人と言っているが、2人はなんとなく利害関係でつながっているようだ。 壁際で用意されているノンアルコールカクテルを飲んでいると部屋の扉が開いた。 「ごめんなさい、遅くなって」 そう言って彼女の母親が部屋に入り、続いて彼女が入ってきた。 青いドレスに差色として白い線がさっと入っていた。 髪は短いが、髪留めで華やかさを出している。 先日ぶつかってしまった彼女と印象が全然違う。 「申し訳ありません」 彼女も謝る。 そして、颯斗の父親の元に向かい、挨拶をしていた。 一頻り挨拶を済ませてそして壁際の颯斗を見て笑顔を見せる。 彼女は颯斗の元にやってきて「やっぱりはやちゃんじゃない」と笑った。 「この間は...」 「こっちがよそ見してたから悪いんだけどね。わー、大きくなったね」 「ちゃ..さんも美しくなりましたね」 そう言って颯斗がほほ笑むと彼女は口を開けて固まった。 「あの...?」 何か失礼なことを言ったのだろうかと颯斗は不安になるが 「はやちゃん、日本に居てなんでそのスキルが伸びてるの?」 と真顔で返された。 「そのスキル?」 「イタリア人的なアレ」 どういうことだろう、と颯斗は首を傾げる。 「そういう、『美しくなりましたね』みたいな言葉は、中々出ないよ」 と彼女は呆れて見せた。 「ああ、気分を害されましたか?」 「ううん。それより、何で敬語?昔みたいに話してよ。わたしが、何か変みたいじゃない」 拗ねたように言う彼女に「すみません」と颯斗は愛想笑いで謝罪した。 「じゃあ、わたしも“颯斗さん”って呼ぼうかな」 「え」と颯斗は思わず声を漏らした。何だか、ちょっと嫌だと思ったのだ。 彼女は颯斗の顔を覗きこみ、 「冗談よ。はやちゃんははやちゃんよ。でも、子供っぽいから嫌だったら言ってね。努力はするから」 と悪戯っぽく笑った。 「でも、はやちゃん約束守ってくれたね」 「約束...」 「あ、忘れてる。薄情者」 半眼になって言彼女の言葉に颯斗は慌てた。 「あのね、またいつか会えるって。大人になったら会えるって言ったの、覚えてない?」 そう指摘されて颯斗は思い出した。 「でも、まだ子供ですよ」 「いいのよ。フライングしたって」 そう言って彼女は笑う。 「はやちゃんは、今何をやってるの?」 不意に彼女が問う。 「音楽の学校に留学してます」 「そっか。ねえ、はやちゃん。ピアノはいつ弾いてくれるの?」 「え?」と颯斗の口から声が漏れた。 「昔、“いつか”って言ってくれたでしょ?その時は、大人になったら、とか言われてないけどね」 その時は、苦し紛れに「いつか」と言ったような気がする。 「えっと...」 颯斗は言葉を探し、見つけられなかった。 だから、正直に話をした。音楽から逃げたこと。 逃げた先で出会った人たちのおかげで、また戻って来られたこと。 「さんは、今何を?」 「大学に通ってるよ。文学部」 「文学部、ですか」 「こっちの大学で源氏物語とか勉強してるの」 そう言ってくすくすと笑う。 「物語のパターンってもう16世紀くらいに出尽くしてて、その基本の中に、ギリシャ神話とシェイクスピアがあるんだって」 「そうなんですか?」 「うん。そう言われてるって。はやちゃんに昔星座の神話を読んでもらったでしょ?あれがきっかけかな?興味持ったのは。 あ、うちにまだあるよ、あの本」 「本当ですか?」 「うん、わたしのお守り」 そう言って彼女は笑う。 “仕事の話”が終わったらしい父親に「帰るぞ」と声を掛けられた。 「はい」と返事をした颯斗に「はやちゃん、これ」と彼女が紙片を渡してきた。 「わたしの方がこっちの生活の先輩だし、何かあったら声をかけて」 彼にとって彼女はよく泣くという印象が強くて、だから、やはり今の彼女には戸惑いを覚える。 「ありがとうございます」と礼を口にした颯斗は逃げるように、車に乗った。 |
桜風
15.4.16
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