飛行機雲 7





 約束の日に、は颯斗の学校に赴いた。

そして、正門前で躊躇する。

自分の知っている大学の雰囲気ではない。

小さな子もいて、才能のみが入学条件という感じだ。


元々海外での生活が長いが、基本的に日本人学校と呼ばれるそれに通っていたため、飛び級というものはあまり見かけていなかった。

それこそ、大学に入ってからで、当初は戸惑ったが、ここほどは多くないだろう。

(はやちゃんに電話して迎えに来てもらってもいいかな...)

申し訳ないと思う一方、彼の言うレッスンルームに辿り着く自信もない。

さん」

声を掛けられて顔を上げると颯斗がこちらに向かってきていた。

「はやちゃん!」

そう言っては駆けだす。

「迷われるかもしれないと思いましたので」

「迷っちゃうかもしれないって思ってたところ」

颯斗の言葉に彼女は笑った。

「では、ご案内しますね。こちらですよ」

そう言って颯斗は彼女の少し前を歩いた。


「この部屋です」と扉を開けて案内する颯斗に促されては部屋の中に入った。

ピアノが一台あるその部屋はとても静かで、は慣れないその空気で緊張してしまう。

「では、さん。僕のピアノを聴いてください」

彼女を椅子に座らせて颯斗もピアノの前に腰を下ろした。


1曲弾き終わり、颯斗は椅子から立ち上がって礼をする。

は颯斗に拍手を送った。

「凄いね、はやちゃん」

そう言った彼女の笑顔は曇っていき、やがて彼女は俯いた。

さん?」

「あのね、はやちゃん」

「はい」

「私ね、家にピアノのCDたくさんあるの」

「それは...僕の演奏にがっかりされましたか?」

颯斗がそう心配すると彼女は首を横に振る。

では、なぜそんなことを言うのだろう。

「はやちゃんと初めて会ったときね、「あ、この子も寂しい子だ」って私、思ったの。あ、妖精さんと思ったのも、なんというか、本当なんだけど。あとで会った時の方ね」

「はい」

「でもね、はやちゃんは私の知らないことをたくさん知ってて、ピアノも弾けて凄い子だって思ったの。私と同じじゃないって。
父の仕事柄、私は同じ土地にずっといる事がなくて、友達もあまりできなくて。
ハイスクールに進学することになった時にまた転勤が決まって。お祖父ちゃんちに残るって駄々こねてこっちに何とか留まって。
あるときね、嫌なことがあって空を見上げたら飛行機雲がサーって丁度伸びていくところだったの。ふと、一人ぼっちだった男の子、はやちゃんを思い出した。元気かなって。気づいたらその足でCDショップに行ってた。ピアノとか全然詳しくないけど、何か聞いたことがある題名を選んで買って。本も図書館から借りて読んで。そして、私は今の道を決めた。
はやちゃんって、凄い。そして、私は自分が恥ずかしい」

俯いたまま彼女はそう言った。

ちゃん、飛行機雲だよ」

颯斗がそういう。

彼女は思わず顔を上げて窓の外を見た。

だが、青い空が続くだけで何もない。

「嘘です」

颯斗はにこりとほほ笑む。

「え...」

あんな可愛かった男の子が嘘を吐くなんて、と彼女の顔に書いてある。

颯斗は苦笑した。

「僕は全然凄くないですよ。前に話したとおり、僕は逃げました。僕は、偶然、本当に幸運にもこうして戻るきっかけをくれる友人たちに恵まれただけなんです。
今演奏した曲は、『Tears of the polestar』。これは、僕が通っていた高校で良く弾いていた曲なんです。
僕が、こっちに戻って来るきっかけの曲です。
こちらに来て、さんに街角でぶつかるまで僕はあなたの事を忘れていました。ずっと僕は一人ぼっちだったと思っていました。
僕も、あなたが僕の家に遊びに来たあの日、僕と似ていると思いました。この子も、同じだって。
きっと僕たちは似た者同士だったのかもしれませんね。だから、今、こうしてそれぞれの道を選んで歩んでいます。
さんが此処に来るまでどんな道を歩んできたか、僕にはわかりません。でも、こんな遠い異国の地で再会してまた友達になれたことは、きっと奇跡に近いことなんでしょうね」

颯斗の言葉を彼女はぽかんとしながら聞いていた。

「そういえば、さん。あなたの走る姿は飛行機雲みたいでしたよ」

颯斗が思い出して言うと「へ?!」と彼女は頓狂な声を上げた。

「この間、大会があったでしょう?偶然スタジアムのそばを通りかかってスタンドに上がったらあなたが走り始めたんです。

何かに似ているなって思って。何日かたって空を見上げたらちょうど飛行機雲が伸びていたところで、「あ、これだ」って思っちゃいました」

「え、いつ?というか、来てたなら声をかけてくれたら良かったのに!」

彼女が訴えると「すみません」と颯斗はにこりとほほ笑んだ。

謝罪はするが、反省はしていないようだ。

「僕はきっと、あなたが走っているときのような、のびやかなピアノを弾きたいんだと思います。だから、また時々聞いてくれますか?」

颯斗が言うと彼女は頷く。そして「じゃあ、私も!」という。

颯斗は首を傾げた。

「時々、私の大会を見に来てよ。私、選手としてそこそこ有名人なんだからね」

そう言って笑った。

「わかりました。約束ですよ」

「うん、約束」

そう言って二人は小指を絡めて笑いあった。









桜風
15.4.30


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