| 目を明けるとそこは道場ではないようだった。 「一樹さん」 名前を呼ばれて視線を向けると心配そうな顔をしているがいた。 ああ、夢かと納得する。 「ごめんな、。俺、夏凛さんに勝てなかったわ」 「一樹さんの勝ちです」 「ありがとうなー」 そういって手を伸ばし、頭を撫でる。 なんともリアルな夢だな、と思った。 「本当です。一樹さんが落ちた後にお姉ちゃんが敗北宣言をしました。あの道場に居た人全員が証人です」 やっと覚醒した頭で改めてを見ると間違いなくホンモノのようで、一樹は思わず彼女を引き寄せた。 体中が痛い。 痛いってことは、夢じゃない。 「キスして良いか?」 「口の端、切れてますよ?」 の指摘は無視してキスをする。ちょっと痛いが、それ以上に安心する。 「か」 「わたし以外の誰とキスをしたつもりですか」 責めるようなの声に一樹は慌てた。 「いや、違う。夢かなって思ってたから」 「夢じゃありません!わたしこそ、一樹さんを見たときに夢かと思いました」 「そっか、夢じゃないのか...」 そう言いながら一樹はを抱きしめる。 しかし、一樹は寝たままだから「一樹さん、この体勢はちょっとキツイです」と訴えられた。 苦笑した一樹は痛みに多少顔を歪ませながらも体を起こし、を自分の前に座らせて後ろからそっと抱きしめる。 「、どうしたんだ」 「お姉ちゃんに誘われました。けど、わたしがここに、お姉ちゃんの勤務地に居る方がずっと違和感がありませんよ。一樹さんがお姉ちゃんの勤務地に居るよりも」 そう指摘されて苦笑した。 「前に、晴秋さんから聞いたんだよ。夏凛さんはと付き合いたいって男は自分を倒してから言えって言ってるって」 「お姉ちゃんの冗談ですよ」 「いや、アレは本気だよ」 「けど、一樹さんが冗談だって笑い飛ばしても良かったと思います」 「...かもな。けど、な。今日、此処に来てよかったよ」 が振り返ると一樹がキスをした。 「一樹さん、痛いでしょう?」 「痛いけど、にキスしたいから良いんだ。あ、でも。血の味とかするか?気持ち悪いか?」 「血の味はしません。大丈夫です。けど、痛そうだなって思います」 「傷ってのは舐めてれば治るんだよ」 そう言ってキスをした。 振り返ると何度も痛そうなのにキスをしそうなのでは姿勢を正した。 「さっきの話に戻して良いですか?何で、此処に来て良かったんですか?」 「夏凛さんの考えていることが何となく分った気がしたから、かな?」 「お姉ちゃんの、考えていること...」 よく分らない。 凄く自分を可愛がってくれているのはわかる。それが、贖罪のつもりでも、それに助けられているのだから文句はない。 寧ろ、そんな気持ちを抱かないで貰いたいとも思うが、その反面それで姉が納得するならいつまでも彼女の所有物でも良いと思っていた。 けど、そういう意味なら自分も此処に来てよかったと思った。 「?」 黙り込んだに一樹が声をかける。 「わたしも、来て良かったです」 「そうなのか?」 「さっき、道場に入ったらボロボロの一樹さんがいて、わたし、ビックリして思わず駆け寄りそうになったんです。 そしたら、姉に睨まれました」 「夏凛さんに?!」 一樹も驚いたようだ。 「はい、お姉ちゃんに睨まれました。邪魔をするなって感じに」 想像できないな、と思っていた。 「お姉ちゃんが、やっとわたしを一人としてみてくれたんだって思いました」 「どういうことだ?」 「今までお姉ちゃんって、わたしのすること全部許してくれたんです。今までって両親が亡くなって数年経ってからですけどね。たぶん、わたしは姉の付属物だったんだと思います」 一人として認めていない。対等ではなく、自分より目下のもの、付属物だから寛容な心で許していた。 しかし、今日。初めてだった。姉にあんな風に厳しくされたのは。 晴秋や琥太郎に言わせて見たら「あんなもん、優しいじゃないか」と言いそうだが、自分にとって初めてだった。 たぶん、つまり。自分で言うのは憚れるが、姉が妹離れをしたと言うことなのだろう。 そして、あのときにはもう一樹のことを認めていたのだろう。 ちょっとビックリしたが、一人前と認めてもらえた嬉しい瞬間だった。 一樹にその話をすると「そうか」と目を細めて頭を撫でてくれた。 |
桜風
13.9.6
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