Diamond ring 17





 小鳥遊が言った通りに昼前にはすっかり気分が良くなっていた。

あれはちゃんと人が飲んでもいい代物だったらしい。

しかし、元気になればそれはそれで暇なのは困ったものだ。


「すみません」

管理人室の人物に声をかける。

彼は興味津々に一樹を見た。噂は耳に届いているからだ。

「なに?」

「ちょっとこの辺を散歩したいのですが、立ち入り禁止の場所とかありますか?」

そんなことを聞かれると思って居なかった管理人は驚き、苦笑した。

「立ち入り禁止はそう書いてあるから。あとは、大抵のところは散歩コースにしても大丈夫だよ。さんは?」

「あ、妹さんと出かけていますよ」

彼が言った『さん』が夏凛のことだと察した一樹が答える。

「そうか。君は何で置いてけぼりに?」

「さっきまで二日酔いでしたから。小鳥遊さんの謎の飲み物で回復したばかりなんです」

「...あー、アレね。効くよね」

遠い目をして彼が言う。

彼も飲んだことがあるらしい。

「じゃあ、気をつけて。あ、滞在中はそのIDはちゃんと携帯しておくんだよ」

初めここに来たときも注意されていたので、今も首から提げている。

「はい、ありがとうございます」

礼を述べた一樹は建物の外へと出た。

少しひんやりする空気を肺に満たす。

何だか気分がリフレッシュしたような気になる。



空を見上げると快晴だった。

そういえば、昨日は小鳥遊に付き合ったから星空を見ていないな、と思い出す。

これだけ周囲に何もないのだからきっと星が良く見えるだろう。

今晩、を誘って天体観測でもしてみようか...

そんなことを考えてながら敷地内を歩く。

『社会』というものはまだ見たことがない。

此処は特に特殊で、だから、この経験は貴重なんだろうと思う。

「一樹さん!」

不意に名を呼ばれて振り返るとが駆けて来る。

「おー、お帰り」

「もう大丈夫なんですか?」

「小鳥遊さんが、二日酔いに良く効く飲み物を差し入れてくれたからな」

「小鳥遊さん、お姉ちゃんのゲンコツ食らって半泣きでした」

こっそり一樹に言うに苦笑する。少し、スッキリした。

「一樹」

ゆっくりとやってきた夏凛が名を呼んだ。

「はい」

「小鳥遊が悪かったわね」

「いいえ」

苦笑して答えた一樹に肩を竦め、

「じゃあ、午後は大丈夫ね?」

と夏凛が確認する。

「はい。夏凛さん、午後も大丈夫なんですか?」

「今日は丸々オフ。いいところ連れてったげるわよ」

いいところってどんなところだろうと思いながら夏凛に促されてひとまず昼食を摂るために食堂へと向かった。



午後は夏凛が地元の人しか知らない穴場スポットのみに連れて行ってくれた。

「メジャーなところはいつか旅行に来たらそのとき行けば良いでしょ」と言うことらしい。

たしかに、今回夏凛が連れて行ってくれた場所はガイドブックには載ってそうにない。

何より、地元の人に話をして案内してもらっているのがその証拠だ。

「夏凛さんってこっちにどれくらいなんですか?」

「4年目ね」

そんな会話をしていると日が傾いてきた。

「お姉ちゃん、門限は?」

「届出済。もちろん、と一樹のも」

そんなことを言われてと一樹は顔を見合わせた。

夏凛が連れてきてくれたのは小高い丘だった。

「ほら、堪能しなさい」

そういわれて目に入った景色は夕日が沈んでいくところ、そして、代わりに星達が輝き始めているところだった。

夕日が沈んで、東の空を見れば春の星が目に入る。

「スピカです」

いち早くが星を見つけて指差す。

「本当だな...まだ春だな」

夏凛は、ぼうっと2人の会話を見守った。

こういうのは慣れている。

以前は、と晴秋。

そして今は、と一樹。

自分はいつも空を見上げる場所では仲間はずれだ。

夏凛は携帯を取り出してダイヤルする。

『はいはい』

「あたしの相手をしなさい」

『何?若い2人に当てられた?』

「ていうか、見向きもされてないのよ」

夏凛の言葉に電話の向こうで愉快そうに笑う声がする。

『良いじゃないか。君が幸せにしたかった子が幸せになってるんだろう?』

「面白いかどうかは別の話ね」

そう返す夏凛の言葉に彼はまた笑う。

『けど、早めに帰っておいでよ。明日は演習だからね』

「わかってる」

そんな会話をしているとと一樹が振り返っていた。

「あ、何?」

携帯を耳から話して聞くと

「ねえ、そろそろ帰ろう?」

と言われた。

「切る」

『あいよ』

電話越しにそんな短い会話をしたあと、「いいの?」とに問い返す。

「うん、ありがとう」

「凄くきれいな星空を、ありがとうございます」

と一樹が言う。

「変な気を遣ってるんじゃないの?」

「ううん、違うよ」とが言う。

「...じゃ、帰ろうか」

夏凛の言葉に2人は頷き、車に乗り込んだ。

「あ、」とが呟く。

「星が、流れたね...」

偶々自分の目線の先で星が流れた。

「時期的にちょっと珍しいですね」

一樹も言う。

「お姉ちゃん、お願い事した?」

「咄嗟で何も浮かばなかった」

夏凛の言葉にはクスクスと笑う。

「そんなもんだよね、普通」

思いがけないものを目にした夏凛は少しだけ星空が好きになれそうな気がした。









桜風
13.10.4


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