| 保健室で留守番をしているとドアがノックされて「琥太にぃ居る?」と郁が入ってきた。 「あ、郁ちゃん」 「なんだ、だけ?琥太にぃは?」 「職員会議だから、わたしがお留守番」 なるほどね、と呟いた郁はソファに座る。自分が教育実習生のときにもそんなものあったな、と少しだけ懐かしくなる。 「ね、お茶淹れてよ」 「紅茶とコーヒー、どっち?」 キッチンスペースに向かいながらが応じる。 「お茶」 「それ以外」 郁は緑茶が飲みたいらしいがはそれを作りたくないようだ。 「何で?」 「保健室の緑茶の茶葉は全てつっこちゃんのためにあるの」 「誰が言ったの?」 「わたしが思ってるの。生徒会室もね」 の言葉に「ふーん」と呟いた郁が「じゃあ、コーヒー」と言った。 「卒論はもう書けたの?」 「まだ。そんなパパッと書けないって。4年後も同じ苦労するんだよ」 あー、疲れたと言いながら郁が伸びをする。 「じゃあ、また新しい資料を探しに?」 「前のも返さなきゃいけなかったしね。ま、この学校の卒業生で良かったって心から思ってるよ」 蔵書の多さも知っているし、どんな本があるかある程度当たりはつく。 たまにに電話をして目的の本があるかどうか調べてもらっていたりもする。 「はい、どうぞ」とが郁にカップを渡した。 「ありがとう」と郁が受け取り、一口飲む。 「あ、チョコレート要る?」 「あるの?ちょうだい」 冷蔵庫を開けてが取り出したのを見て「それ、本当に大丈夫?琥太にぃのじゃないの?」と郁が声をかけてきた。 「わたしの。此処に置いてるだけだから」 そう言って2個郁の目の前に置いた。 「保健室を私物化したら琥太にぃに怒られるよ」 「とっくに怒られた後」 そう言って笑うに郁は苦笑した。 「そういえば、アキにぃから聞いたんだけど。不知火君は相当の馬鹿だったんだね」 郁の言葉には眉間に皺を寄せる。 「どういうこと?」 「あれ?夏姉に挑戦したって聞いたよ」 「ああ、うん」 「勝てないと分ってて突進することは勇気じゃなくて無謀だと思うんだけど?」 「けど、一樹さんは勝ったよ?」 の言葉に郁はぽかんとして、そして笑い飛ばした。 「嘘だー」 「ホントだよ。お姉ちゃんが認めたもん。わたし、そこに居たもん」 ムキになるをじっと見ていた郁が「本当に?」と確認する。 は少し不機嫌な表情のまま頷いた。 「天変地異だね」 そこは否定しないで置こうと思った。 暫く話をしていると保健室のドアが開き、琥太郎が帰って来た。 「おかえりー、琥太にぃ」 「星月先生もコーヒー飲みますか?」 琥太郎のことをが『星月先生』と呼んだのはまだドアが開いたままだからだ。 「ああ、貰おう」 そう言いながらドアを閉めた琥太郎は保健室利用者記録をさっと見る。 「元教育実習生以外は誰も来ませんでしたよ。閑古鳥が鳴いてました」 コーヒーを淹れながらが言う。 「そうか」と言った琥太郎は「」と彼女の名を呼ぶ。 「はい?」 「お前、国立の推薦受けるって本当か?」 「ああ、うん。何で琥太にぃが知ってるの?」 首を傾げるに「本当に?!」と郁が声を上げた。 「うん。担任には希望を出してるし」 「夏姉は?」 琥太郎が聞く。 「好きにしなーって。ちなみに、お兄ちゃんは、ガンバレーって」 なんとものんびりした姉兄だな... 「無謀だね」と郁が言う。 「そうかな?」と首を傾げたが琥太郎のカップを彼の前に置く。 「ありがとう。、俺も郁と同じことを思ったぞ」 コーヒーの礼を口にしたあと、琥太郎が言う。 「そんなに早く学校を決めたいなら指定校推薦があるだろう。そっちの方が合格率は断然上がるぞ。の成績ならそっちの推薦を取れる」 「いやよ。指定校って私立でしょう?お金が掛かっちゃう」 「夏姉なら大丈夫じゃないの?」 郁が話に入った。 「ダメ。だって、わたし就職したら自分に掛かった学費はお姉ちゃんに返すつもりだもん。日常の生活費は、計算できないからそれは追々考えるけど」 の言葉に郁は驚き、琥太郎も眉間に皺を寄せている。 「返すの?!」 「そりゃそうだよ。本当ならお父さんとお母さんが残してくれたお金で生活するべきなのに、お姉ちゃんが全部出してくれてるんだよ。可笑しいでしょう」 「夏姉は受け取らないかもしれないぞ」 「それはわたしが一人前と思われていないから。思ってくれるようになったら、対等としてみてくれるようになったらわたしの意見に耳を貸してくれるはず」 「どう思う、琥太にぃ?」 郁が問う。 「まあ、受け取らない可能性のほうが高いだろうが、夏姉の考え方を思えばの言うことに一理ある。 しかし。だったら、普通に受験をしたら良いだろう。前期に照準を絞って。推薦と一般入試とじゃ勉強の仕方が違う。下手すりゃ後期も失敗するかもしれないだろう?」 琥太郎が心配してくれているのは分っているがはムキになった。 「琥太にぃ!わたしは、先のことを心配して何も出来ないのは嫌なの。自分が選んだことで自分が苦労するのは別に構わない。そりゃ、今回の選択で来年もう1回受験ってことになったら後見人のおじさんとか、保護者のお姉ちゃんには迷惑がかかると思うけど...わたしにも選ばせてよ。もう子供じゃないよ」 そう言っては「じゃ、星月先生。失礼します!」と保健室を出て行った。 「あーあー...ああやってムキになるところが『子供』だってのに。ねえ、琥太にぃ。実際のところ、は国立推薦をもらえそうなの?」 「受かるかどうかは別として、の成績からいって学校からの推薦を貰うこと自体は問題ないだろう。生徒会役員をしていることもプラス材料だしな。担任が言うには、推薦対策の勉強もしてるらしい。 まあ、の末っ子だからな。もしかしたら、とは思ってるが...」 「どういう意味?」 「忘れがちになるだろうが、夏姉やアキの優秀さを思い出してみろ」 「...なるほど。で、は何学部を志望してるの?」 琥太郎から話を聞いた郁は「ふーん」と興味なさそうに相槌を打った。 卒論の資料探しを手伝ってくれているお礼、と自分に対して言い訳じみたことを考えながら、家に帰って自分の受験時の参考書でも探してみようと心の中で予定に入れた。 |
桜風
13.11.1
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