Diamond ring 26





 「ただいま」と家に帰ると見慣れない靴があった。

お客様かな、と思っていると「遅かったね」と声をかけられた。

「あれ、郁ちゃん。就職できずに直談判?」

「いきなり失礼だね」

半眼になって郁が抗議の声を上げる。

「それより、今日はどこかでお祭りがあったの?」

の姿を見ながら郁が言う。

「えー、と。あったんだけど...」

今日の外出の目的はそれではなかった。しかし、今日のことを話せばかなり小馬鹿にした感じで「やっぱ、ってお子様だよね」と言われるに違いない。

「おかえりなさい、ちゃん」

「ただいまです」

「あら、金魚さん。可愛いわね。一樹君から?」

「あ、うん...」

「ねえ、

郁が手招きをする。

「何?」

警戒しつつも近付くと内緒話の格好をする。

仕方ないので耳を近づけると「当分髪は下ろしておきな」と言われて首を傾げる。

だって、この暑い夏に髪を下ろしておけば暑いではないか。

「部屋に帰って首筋、見てごらん」

そういわれて部屋に戻ったは浴衣を脱ぎ、部屋着に着替えた。

そういえば、と鏡を見て「え?!」と声を漏らす。

虫刺されにしては痒くないし、何だろう...

部屋のドアをノックする音が聞こえた。返事をしてドアを開けると郁が立っている。

「なに?」

「琥雪さんは気付いてるかどうかわかんないけど、一応消えるまで隠しとくんだよ」

「虫刺され?」

の言葉に郁は天を仰いだ。

「あのね、それがキスマークっていうものなの」

呆れた口調で言われた。

「え?!」

そういえば、先ほど一樹が『キスよりも、ちょっと先だ』と言っていた。

キスよりもちょっと先とはこのキスマークのことだったのか...

「え、これってどれくらいで消えるの?!」

「さあ?けど...」

そう言って郁がもう一度それを見る。

「そんなに長くはもたないだろうね。たぶん明日には消えてるとは思うけど」

「郁ちゃん詳しいね」

心から感心したように言われればなんとも居心地が悪いものだ。

「けど、さっき琥雪さんが言ってたけど。あの浴衣って不知火君が買ってくれたの?」

「うん...」

心苦しそうだ。浴衣は物によってはそんなに高価ではないと記憶している。そこまで恐縮するものでもないだろう。が無理を言ったということではないだろうし。

「ねえ、。男が女に服を贈る意味って知ってる?」

そこまで言われては聞き覚えがある言葉だなと思って記憶を辿った。

「あ!」と声を上げたに郁が「なに?!」と驚く。

「お兄ちゃんが言ってた」

「やっぱり。さすがアキにぃだね」

苦笑して郁がいう。

「ま、そういうことだから。あんまり隙だらけでいないこと。脱がしてもらいたいなら隙だらけでいること」

そう言って郁は「じゃあね」と言う。

「あれ、帰っちゃうの?」

「もう随分と遅い時間だからね」

軽く手を振って郁が玄関に向かう。

はそれを見送るために部屋から出てきた。

「律儀だね」

「星月家の教育の賜物です。おやすみ、郁ちゃん」

「うん、おやすみ。あと、琥雪さんに預けてるから」

「何を?」

と首を傾げて言うと

「僕が受験のときに使った参考書がまだ残ってたからあげるよ。僕のときと指導要綱とかカリキュラムは変わってないって琥太にぃが言ってたから、役に立つんじゃない?」

今日の郁は態々のために足を運んでくれていたのだ。

「ごめん、郁ちゃん。ありがとう」

「うん、せいぜい頑張りなよ。ま、推薦で決まったら用は無い代物だけどね」

そう言って郁は玄関のドアを開けて出て行った。



それから3日後。

が琥雪に空港まで送ってもらうとそこには颯斗と翼、そして、本当に頑張って時間を作ったらしい月子がいた。

「おそい!」と翼に叱られ「ごめん」と謝る。

琥雪は空港周辺をドライブしているから終わったら電話をするようにと言ってくれた。

「一樹さんは?」

ちゃんより先に会っちゃったらいけないと思って」

「わー!益々ごめん」

と謝り、が携帯で一樹に連絡をした。

場所を確認して4人で駆け出す。

「あ!ぬいぬいだ!!」

翼が声をあげ、それが聞こえた一樹が軽く手を上げた。

「久しぶりだな、お前ら」

目を細めて一樹が言う。

「お久しぶりです、一樹会長」

嬉しそうに颯斗が言い、「お元気そうですね」と月子が言う。

「ぬいぬい、留学しても寂しくないように。じゃーん!」

「はい、没収です」

何か発明品を持ってきていたらしい翼のそれを颯斗が素早く取り上げる。

暫く話をしていると「では、僕達は先に展望デッキの方に行ってますね」と颯斗が言い、翼と月子が続く。

「相変わらずだな」

苦笑しながら一樹が言った。

「ええ、相変わらずですよ」

は皆が居なくなった方を眺めて言う。

「なあ、

「はい」

首を傾げるの首筋にそっと一樹が触れた。ビクリとの肩が震える。

「ああ、もう消えてるか」

「郁ちゃんに見つかりましたよ」

「水嶋先輩?」

「家に帰ったら居たんです。けど、見ただけで明日には消えるって言い当てました。さすがです」

「あんまりこういうのはしたくないんだけど...」

そう言って一樹はポケットから取り出したブレスレットをの腕に嵌める。

「お前を信じていないってワケじゃないけど、やっぱり俺が面白くないんだ」

困ったように笑う一樹には嬉しそうに微笑んだ。

「いつも余裕ある一樹さんは素敵ですけど、時々こうやって寂しがってくれるともっと嬉しいです」

「何だ、。余裕だな」

少し面白くない。

「余裕なんてないですよ。ないけど、ちゃんとまた会えるから」

そういったの手が躊躇っている様子で、一樹はその手をとった。

「ああ、クリスマス休暇には確実に帰ってくる。それまでは毎日電話するからな」

「ちゃんと勉強してください」

「電話が出来なきゃメールする」

「待ってます」

「俺にもくれよ」

「はい」

アナウンスが耳に届いた。

一樹の手がゆっくりと名残惜しそうにから離れる。

「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」

泣くと思っていた。しかし、は一樹が最も好きな表情、笑顔だった。敵わないと思った。


「ぬいぬい、行っちゃったなー」

一樹を乗せた飛行機が飛び立った。

「翼くん、寂しそう」

からかうようにが言う。

「ぬ?!だって寂しいだろ」

「そうだねー。けど2学期が始まったら忙しくてあっという間にクリスマスだろうし。クリスマス休暇には帰ってくるって」

「ぬ?!そうなのか?じゃあ、みんなで」

「ダメですよ、翼君」

「そうよ、翼君。ちゃんと一樹会長がやっと久しぶりに会えるんだから邪魔しちゃ悪いわよ」

「ぬー...そうか...」

「良いじゃない。みんなで会おうよ」

「ぬ!そうだよな!!みんなでぬいぬいと遊ぶのだ!!」

...わたしたち受験生だけど。

は心の中でそんな言葉をつけたし、月子を見れば同じことを思ったらしくて苦笑する。

「では、帰りましょうか」

颯斗の言葉に「ぬいぬいさー!」と翼が元気に返事をした。









桜風
13.12.6


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