| 夕方、星が瞬き始めた頃に屋根の上から音が聞こえた。 は窓から体を乗り出して屋根を見上げる。 晴秋が座っていた。 部屋の窓を出ても屋根に上がった。 「おー、危ないぞ」 苦笑して晴秋はに向かって手を伸ばす。 「お兄ちゃんが屋根に上ってると、屋根が壊れちゃう」 「言うようになったな」 軽くの額を小突いて晴秋は笑った。 「なあ、」 「なに?」 「幸せ..か?」 「うん、とても。ありがとう」 礼を言われて晴秋は目を見開く。 「何で、『ありがとう』ってオレに...」 晴秋の問いに答えずはニコニコと笑っている。 そんなの笑顔に苦笑して晴秋はの頭を撫でた。 その直後、脳天に凄い衝撃がある。 「お、お兄ちゃん?!」 が心配そうに顔を寄せる。 「姉ちゃん、オレを殺す気か...」 「あー、ごめん。ムカついたから」 夏凛も屋根に上ってきたらしい。 「お姉ちゃんもありがとう」 「ん」と夏凛は短く頷き、彼女の謝意を素直に受け取った。 「ね、」 夏凛が少しだけ改まった声音で名を呼んできた。 「なに?」 空を見上げていたが夏凛を見る。 夏凛の隣に座っている晴秋の表情も若干強張っている。 夏凛が話し出した内容には俯いた。 しかし、すぐに顔を上げて「ありがとう」と再び2人に向かって礼を口にする。 「これまでずっと支えてくれてありがとう。お姉ちゃんもお兄ちゃんも、わたしが大人になるまでずっとずっと待ってくれてたんだよね」 その言葉に夏凛が同様を見せ、晴秋は苦笑する。 「気付いていたのか?」 「ここの土地の買収でしょう?去年の年末に大掃除で帰ってきてたから、そのときにご近所さんに『この家、どうするの?』って聞かれたの」 「あんのババァども...」 夏凛が低く唸る。 「お姉ちゃん!」とが窘めた。 「駅前の様子とかそういうの見たら何となく納得できた。家を維持するのもお金が掛かるからわたしは何もいえない。ここまで待ってくれたお姉ちゃんとお兄ちゃんが決めたことだから、納得してる」 この家は、にとって数少ない両親との思い出が刻まれたものだ。だから、夏凛と晴秋は、この家を維持することとしていた。 しかし、駅前の開発が進められ、ここらの地価があがり、周囲が売却し始めたらしい。 農業も衰退し、休耕地となっている。 農地は色々と手続きが大変らしいが、そこらも含めてごっそり土地を購入してベッドタウンにしてしまおうという計画が出ているとか。 「あたし、今年で引退するしこの家に住もうかと思ってたんだけどね。後進の育成のために学校で教官を、って頼まれたのよ。興味あったし、思う存分ゲンコできるし、引き受けることにしたの」 「ゲンコは勘弁してやって」 晴秋がげんなりしてまだ見ぬ後輩たちを想ってお願いした。 「だから...」 夏凛は『ごめん』という言葉を飲んだ。 『ごめん』と自分が言えばも同じ言葉を返す。 は悪くない。そして、自分もきっとそうなのだ。 「この家を売却したお金は3人で等分」 「お姉ちゃんとお兄ちゃん2人で分けて」とが言ったが、それは2人が是としない。 「だって、この家の維持に随分とお金が掛かったでしょ?」 「この家に思い出があるのはだけじゃない。寧ろ、オレ達のほうが多いはずだ」 晴秋が言う。 「そういうこと。は、自分のためにあたしたちが犠牲になっているとかそんなことを考えてるかもしれないけど、あたしたちもそこまでお人よしでなければ優しくもないよ」 夏凛が苦笑する。 「だから、家を売ったお金が入ったら、今に渡してる生活費のうち家賃は差し引かせてもらいます」 夏凛の言葉に「はい」とは頷く。 「...引っ越してもいいからね」 夏凛の言葉にはちょっと驚いた。夏凛の言葉の裏に隠された意図がに届いたのだ。 しかし、は首を横に振る。 「それは就職するときに考える。学生のうちは、今のところが便利だし」 「わかった。けど、引越しするときには声をかけな。下手な引越し業者に金を払うよりもいい仕事させるから」 夏凛の言葉に「ありがとう」とは返した。 「星月先生はご存知だったんですか?」 「ああ、今日のこれはこの家とのお別れ会でもあったんだよ。夏姉が言い出して、うちの両親が賛成した」 屋根の上から聞こえるきょうだいの会話を耳にして一樹は俯いた。 「夏凛さんたちには敵いませんね」 「...そうだな。さて、」 しんみりしたこの場の空気を切り替えるように琥太郎は咳払いをした。 「夏姉ー!小鳥遊さんが夏姉が持ってきた高いらしい酒を開けようとしてるぞー、いいのか?」 「はあ?!何考えてんのよ、小鳥遊!!」 屋根の上から声が聞こえて、乱暴に部屋のドアが開く。『かりん』と書いてるプレートが落ちて音を立てた。それに目もくれず夏凛は賑やかに階段を下りる。 続いて晴秋が自室から出てきた。 「盗み聞きか」 と琥太郎と一樹を指差して笑う。結果的に盗み聞きをしたのは確かで、一樹は何も言い返せなかったが、晴秋は苦笑して一樹の肩をポンと叩いて階下に向かった。 晴秋に続いて琥太郎も階下に向かう。 一樹は少し悩んでの部屋のドアをノックした。 「?」 返事がない。 そっとドアを開けると窓が開きっぱなしだ。 「」と先ほどよりも声を張って名を呼ぶと屋根から「はーい」と声が降ってくる。 「そろそろ食事だと」 「今降ります」 そう言ったが窓から勢いよく部屋の中に飛び込んできて一樹の胸に突進した形となり、「お、とと」と彼はたたらを踏む。 「ごめんなさい、ここにいるとは思わなかったから...」 「いーや。こうやってまっすぐ俺の胸に飛び込んできてくれると、結構嬉しいな」 笑って言う一樹には首を傾げた。何だかちょっと様子が違う? 「どうかしましたか?」 「俺の前には大きくて高い壁が聳え立ってるんだ」 一樹の言葉に再び首を傾げただったが、 「じゃあ、一緒に頑張って乗り越えるか、別の道を探しましょう」 と言う。 一瞬言葉を失った一樹はギュッとを抱きしめた。 「一樹さん?!」 が驚いた声を上げる。 「ー!」 暫くして階下からを呼ぶ郁の声が聞こえた。 一樹は腕を緩め 「降りるか」 と言った。 「はい」と頷いたに「そういや、今日からアルコール解禁だな」と一樹が言う。 「楽しみです」とが頷いた。 |
桜風
14.7.11
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