Diamond ring 62





 理事長の琥太郎を見るのは初めてだった。

と月子の挨拶を受けて琥太郎は理事長として対応する。

そして、挨拶が済むとふっと雰囲気が柔らかくなる。正直、『理事長』の琥太郎に慣れていないと月子は多少困惑していたため、彼女たち自身、気が緩む。

「担当指導教員については、教頭先生が取りまとめられているはずだ。確認しておきなさい。

...よく、戻ってきたな2人とも。職員室には、寄ってきたんだろう?」

「陽日先生と水嶋先生しかいらっしゃいませんでした」

月子が言う。

「そうか...」

「他の実習生は?」

「普通、理事長のところまで顔を出そうとしないだろうな」

苦笑して琥太郎はの問いに答える。

「あ、そか」

普通は教員の責任者、校長までかもしれない。そもそも、学校に理事長が常駐と言うことのほうが珍しいはずだ。

陽日に勧められたから来たのだが、ちょっと間違ったかも知れない。

と月子は顔を見合わせて苦笑した。

「そういえば、直獅が言っていたが。寮での2人の部屋は、在学中に使用していた部屋になるそうだ。あれから誰も入っていないからな」

「そうなんですか?」

驚いたように月子が問うと

「女子生徒が入学したときにはあの部屋にしようと思っているらしいが...今年も入らなかったからな」

と琥太郎が苦笑する。


琥太郎と少し話をして2人は職員室に戻った。

教頭が居たので、挨拶をして担当指導教員について話を聞き、その日は寮で休むように言われた。

「ほら、2人とも。鍵だ」

陽日と共に寮に行き、それぞれ鍵を受け取った。

「2人とも、在学中に使っていた部屋が今回3ヶ月の実習中に使ってもらう部屋になるからな。戸締りはしっかりしておけよ」

陽日の言葉に口々に返事をして2人は部屋に向かった。


久しぶりのドアを開けると、懐かしさよりも違和感が強かった。

こんな部屋だったっけ...?

とりあえず、荷物を部屋に入れて窓を開ける。

窓から見える景色は変わらない。

窓際から部屋の中を改めて見た。

3年間過ごすうちに、自分の使い勝手の良いように少しずつ物を増やしていったから、最終的な記憶しか残っていなかったのかもしれない。

は少し考えて窓からの景色を写真に撮り、メールに添付して送信した。

間を置くことなく着信音が鳴り、通話ボタンを押すのに、少しだけ緊張した。

『無事に着いたんだな』

「はい。つっこちゃんとバス停で待ち合わせして。学校は、懐かしいんですけど、ちょっと違和感があって...」

『ごめんな、

突然謝られてしまった。

「あの、いえ。わたしが大人気なかったといいますか...」

慌ててそう返すに一樹は噴出した。

『俺のほうが年上だぞ?』

「だって、一樹さんって妙に心配性なところがあるから。そこは、わたしが大人の余裕で『仕方ないわね』って思わなきゃいけなかったのかなって」

の返事に電話の向こうの一樹は声を上げて笑い始めた。

『悪かった。けど、好きなときにに会えないのは、寂しいな』

「大丈夫ですよ、たった3ヶ月です。土日はどんな過ごし方になるかはわかんないので、約束は出来ませんけど。わたしだって、一樹さんに会いたいから時間が取れたら、デートしましょう」

はホント、電話だと素直だよな』

「だって...」

なんと返したら良いかわからず、は言葉に詰まった。

「あ、でも。一樹さん勉強が大変ですよね」

将来弁護士を目指している一樹は法科大学院に進まず司法試験予備試験を受けている真っ最中だ。今のところこれまでの試験を合格しているので、残すところあとひとつでこの試験の合格が決まる。この試験に合格していれば法科大学院に進まなくても司法試験を受ける資格を得ることができる。最短で一人前になりたい一樹はこの道を選んだ。

『何だよ、息抜きくらいさせてくれよ』

拗ねたように言う一樹にはクスリと笑い、

「そういえば、わたしの部屋を勉強部屋に使ってもいいですからね」

と言った。

合鍵を持っているので部屋に入ることは可能だ。

電気やガスなどのライフラインも止めていない。

『ありがとう。でも、に会えない間はあの部屋には行かない』

と一樹が言う。

「自由に使っていただいて良いんですよ?電気とかガスも」

『あの部屋はの匂いがするんだ。益々に会いたくなるだろう?』

驚いてが黙っていると電話の向こうの一樹が苦笑し

『実習期間中、電話をしてもいいか?』

と聞かれた。

「疲れて早く寝ちゃうかもしれませんけど...」

『ムリをすることないから、出れるときは出て、声を聞かせてくれるか?』

「はい。わたしも電話してもいいですか?」

『大歓迎だ』

一樹の言葉が嬉しくて、は目を細めた。

『じゃ、とりあえず切るな。ムリはするなよ?』

「一樹さんも、あんまり根をつめないようにしてくださいね」

『そうだな。早く一人前になりたいから足踏みはしたくないが、に心配をかけるのも避けたいしな』

「そうしてください」

一樹が通話を切ったのを確認しても通話を切る。

少し胸の痞えが取れたが、今度は一樹が恋しくなってしまった。

「まったく...」

明日から始まる実習に不安を感じつつも自分に呆れただった。









桜風
14.8.15


ブラウザバックでお戻りください