Diamond ring 71





 キーボードを叩く手が止まる。

は溜息にも近い深い息を吐いた。

卒論は早くから取り掛かった方が良いという郁のアドバイスどおり、学年が上がってからすぐに取り掛かった。

元々テーマは3年のうちから決めており、資料も比較的順調に揃えている。

あとは、構成ををどうするべきかと思っているところなのだがの溜息のわけは卒論ではない。

部屋に飾っているカレンダーを見た。

――5月中旬。

今週は、司法試験が行われており、一樹はそれを受験している。

さすがにこの大事な時期にイチャイチャなど出来るはずもなく、電話も控えている。

ただ、試験初日の前日の昨日、一樹から電話が掛かってきた。

試験の前日なんてナーバスになっているだろうから何を話して良いのか分らず、曖昧に一樹の言葉に頷いたりしていると電話の向こうの一樹の雰囲気が変わった。

「一樹さん?」

『ああ、うん。何だっけ?』

「もう、寝たほうが良いんじゃないですか?その...」

『明日だからなー。なあ、

「はい」

『試験最終日、会場からそのままお前の家に転がり込んでも良いか?』

最終日は休日だし、それは構わないが...

「ご家族で出かけるとかそういうのは...」

お疲れ様会のようなことをするのではないかとは思ったが、

『俺が会いたい。を抱きしめて、キスしてそれから...』

「いいです!わかりました、どうぞ。そういえば、ご飯はどうします?」

具体的な行為を口にされると何とも恥ずかしい。慌てて話題を切り替えたつもりが

『それって、『お風呂にする?ご飯にする?それとも』ってやつか?気が早いなぁ』

とからかわれた。

「一樹さん!」

ムキになっては彼の名を呼び、ふと思った。

そうか...

「大丈夫ですよ」

のその言葉で、電話の向こうの一樹は息を飲む。

『何だよ、突然』

「試験が終わったら、一緒に星を見ましょう。春の星座はそろそろ終わりますね、次は夏です」

の言葉に一樹は苦笑する。

『そういえば、金環日蝕が見られるな』

「そうか。一樹さん、試験の翌日ですよ。一緒に朝起きて、日蝕見ましょう」

弾んだ声でが言うと

『起きれるのか?寝かすつもりはないんだぞ、俺は』

と一樹がイタズラっぽい声で言う。

「一樹さん!」

が窘めるように一樹の名を呼び彼は声を上げて笑った。

『ありがとう、

「悔いの残らないように。一樹さんなら大丈夫ですから。わたしも、一樹さんに会えない間は、卒論頑張ります」

が真面目に言うと電話の向こうの一樹は噴出した。

『そうだな。俺の試験が終わったら存分に甘やかせてもらおう』

「そういって甘えないくせに」

の指摘に一樹は苦笑して

『いーや、甘える。覚悟してろよー』

「受けて立ちますよ!」

最後は何の話だか分からなくなったが、一樹の声が明るくなって電話を切れたことが嬉しかった。



試験終了日はも学校が休みだったので、思い切って試験会場に足を向けた。

ネットで試験の時間帯を確認しているのでたぶん、行き違いにはならない。

仮になったとしても、一樹は合鍵を持っているので閉め出しとはならないだろう。

そわそわと一樹を待っていると、人がぞろぞろと会場から吐き出されている。

こういうとき、背の高くない自分は中々に人探しに不利だ。

いっそあそこのガードレールの上に立ってみるか...

後方のガードレールを見て少し考えていると「!」と聞きたかった声が聞こえては笑顔になる。

「一樹さん!」

「どうしたんだよ、こんなところで」

そういいながら一樹がを抱きしめる。

往来でこれは、とは抵抗しようと思ったが本能がそれを許してくれなかった。

久しぶりに会えて嬉しくてそのままギュッと抱きしめる。

「おお...」

一樹は思わず感動して声を漏らしてしまった。

「なあ、

「はい」

ギュッと抱きついたままが返事をした。

「キスして良いか?」

「ダメです」

いつものように即答のに苦笑が漏れる。

「何だよー。今日、に会ったら一番にキスするって決めてたのに」

「残念ですね」

「なら、早く帰ろうぜ」

そう言って一樹が腕の力を緩めたのでも彼から離れた。

「帰っていっぱいキスしような」

耳元でそういわれての顔は熱くなる。

「ははっ、可愛いなー」

「一樹さん!」

真っ赤になったの手を取り、一樹は歩き出した。









桜風
14.10.17


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