Diamond ring 72





 朝、日差しが部屋に差し込んできた。

少し眩しくてゆっくり瞼を上げたは慌ててベッドサイドの時計を見た。

「一樹さん!」

隣で寝る一樹を文字通りたたき起こし、ベッドを降りた。

...?」

眠たい目を擦りながら一樹が体を起こした。

「日が昇ってます」

「んー?そうだなぁ...」

カーテンの隙間から差し込む日差しに視線を向けて言う。

「金環日蝕!星月学園卒業生がこの天体ショーを見なくてどうします!!」

の言葉に一樹は大あくびをした。

「一樹さん!」

「へいへい」

そう言って一樹が一度伸びをしてベッドを降りる。

シャツを軽く羽織って窓際に行ってカーテンを開けた。

朝の眩しい日差しに思わず目を瞑る。

「おー、快晴だな」

「絶好の天体観測日和です」

の言葉に反応して一樹が振り返ると、彼女は少し大きめのシャツを羽織っているだけだった。下は、ズボンもスカートも履いていない。

朝から誘ってるのか...?

...」

少し脱力した一樹には気付かず、

「一樹さん、日蝕グラスです」

と天体観測に備える。

「今年の在学生、ラッキーですよね」

いいなぁ、と星月学園に在学している後輩達を羨ましがっている。

何だかんだでも天文バカなのだ。

ちなみには、今日はこの観測のために1時間目をサボると決めていた。

昨晩、一樹にそのことについてお小言を言われたが、先ほど一樹に言った『星月学園の卒業生がこの天体ショーを見なくてどうします』という言葉をそのまま言って開き直った。

これには一樹も呆れ、そして仕方ないと諦めた。

一樹はにかなり甘いのだ。

はこれまで成績は優秀で勿論きちんと授業も受け、単位をひとつも落とすことなく4年になったのだ。ちょっとサボったくらいで響かないらしい。

まあ、その言葉に甘えて昨晩は久しぶりだと言うのに少し無理をさせてしまったはずなのだ。

はずなのだが...

「なあ、

日蝕グラスを装備しているに一樹が声をかける。

「何ですか?あ、お腹空きましたか?まだ時間があるからご飯作りましょうか」

「まあ、寝る前にかなりの運動をしたから腹は減ってるが...そうじゃなくて。体、辛くないのか?」

素朴な疑問。

「...今日、学校サボっても良いですか?」

半眼になって返された。

この天体ショーは何が何でも見たいからこうして活動しているが、体は辛いらしい。

「う..すまん」

一樹が謝罪し、は困ったように笑った。


少し日が翳ってきた。

「一樹さん!」

弾んだ声でが名を呼ぶ。

「ああ」

確かに、自宅でこんな天体ショーが見られるなんて中々ないだろう。

一樹は窓際に椅子を引いて座り、を自分の膝の上に座らせた。

さすがにはその状態が恥ずかしくて抵抗を試みたが、「ほら、日蝕が始まってるんだぞ」と一樹に促され、羞恥心よりも知的好奇心の方が勝り、一樹の膝の上に乗ったまま窓の外を眺める。

月と太陽が完全に重なり、月の周囲を太陽の光が囲む。

やがて、一点光が強い箇所が現れた。

「わぁ...」

が思わず声を漏らす。

ダイヤモンドリングと呼ばれるその光景。

「一樹さん、見えますか?」

が振り返った。

「ああ、は小さいからな。膝の上に座っていても全然問題ない。よく見えてるぞ」

「小さくないです!普通サイズです!!」

「ほらほら。ダイヤモンドリング、なくなるぞ」

一樹に言われては慌てて窓の外に視線を戻した。

徐々に太陽の光が強くなり、月との重なっている部分はなくなった。

日蝕グラスを外したは一樹の胸に体重を預けた。

「学校、どうするんだ?」

「午後から行きます。出席に結構厳しい教授の授業取ってますから」

元々、単位的に問題ないのだ。ただ、自分が受けたい授業を取っているは本来、きまぐれに学校に行っても事足りるのだが、授業を取った以上、用事がなければきちんと出席するのが筋だとは思っているし、一樹も同じように考えている。

「そうか。ウチから車取ってこよう。送り迎えしてやる」

「いいですよ。一樹さんは一旦家に帰って、ご家族と団欒してください」

苦笑してが言う。

自分よりも家族を優先するように、とは良く言う。

一樹にとっての家族がどれだけ大切なものか、は痛いほど分かる。

だが、一樹にとってそれと同じ、否、今ではそれ以上にの事が大切なのだが、はそのように思い込んでいるらしいので一樹も訂正しない。とりあえず、今は。

「なあ、

「はい」

ぎゅっと後ろから抱きすくめられたは一樹の手に自分の手を重ねた。

「あと少し。あと少しだけ待ってくれ。そうしたら、さっきのダイヤモ」

一樹の言葉が途中で止まった。

の携帯が鳴ったのだ。

そして、この着信音は、の姉の夏凛からのものだ。

思わず反射で言葉を止めてしまった。

「一樹さん?」

「あ、ああ。いや。夏凛さんからじゃないのか?」

散々邪魔されたから覚えたよ、という言葉は飲み、一樹が言う。

「そうですけど...けど、今何か...」

「良いから、出ないと夏凛さんが心配するぞ」

一樹にそう促されては携帯を手にした。

「もしもし」

『おはよ、。もしかして、寝てたの?』

「ううん、起きてたよ。お姉ちゃん、どうしたの?仕事は??」

『今職場。さっきね日蝕見たから、と話したくなったの。は、勿論見たよね』

「うん。綺麗だったね。お姉ちゃん、ダイヤモンドリングも見えた?」

観測地によっては金環日蝕にはならない。

『ダイヤモンドリング?』

夏凛に問い返されては説明する。

『あ、うん。こっちもギリギリ金環日蝕だったからね。そういえば、一樹は?ま、確認しなくても一樹もきっと見たんでしょうね。星月学園卒業生だもんねー。けど、あの金環日蝕というか、ダイヤモンドリング?アレ見たらたぶん『いつか俺がお前の指に嵌めてやるからな』とか言いそうよねー。あー、キザったらしいったらありゃしない』

カラカラと笑いながら夏凛が言う。

夏凛の声が漏れ聞こえた一樹は、その見事なボディブローを受けてに気付かれないところでダメージを受けていた。

「何で言うんだよ...」

まさに先ほど言おうと思い、夏凛からの着信で邪魔されたその言葉を先に邪魔をした本人に言われてしまった。

「え..と...」

は反応に困る。何か一樹が先ほど言いかけていたのは気付いている。だが、この着信がきっかけで一樹は言葉を飲んだのだ。

『あ、。今日も学校でしょう?いってらっしゃーい』

そう言って夏凛は通話を切った。

「え、と...一樹さん」

振り返ったがちょっと困っている。

一樹は仕方ない、と諦めの溜息をひとつ吐いて、

「朝食、俺が作ってやる」

と言ってキッチンに向かった。

「あと1年半か...」

ポツリと呟いた一樹は、先ほどとは別の溜息を吐いた。









桜風
14.10.25


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