Diamond ring 76





 と出かけること自体が久しぶりでどうにも緊張する。

何より、この緊張はそれだけではない。

「あー、もう...」

彼女のマンションの前で車を停めて、ハンドルに額を当てて呟いた。

「一樹さん?」

コンコンと車の窓を叩いてが声を掛ける。

「うわぁ!」

目も前で大きな声を出されては目を丸くした。

「あの、大丈夫ですか?」

労わるようにが声を掛ける。

「あ、ああ。悪い。どうぞ、乗ってくれ」

一樹はそう言って車の中から助手席のドアを開けた。

おじさんが一樹に自家用車を譲ってくれたため、そのままありがたく使わせてもらっている状況だ。

「ありがとうございます」とは乗りなれた車の助手席に腰を下ろした。


此処最近、司法修習生の修了試験を前に忙しくしていたと聞いている。

だから、一樹の体が心配だ。

彼が実家を出て借りている部屋は思いのほか小さかった。

自分が引き続き借りているあの部屋と同じくらいか、下手したらもう少し小さいかもしれない。

どの道寝に帰っているだけだから、と一樹は苦笑していた。

彼としては、自分の部屋よりもの部屋の方が、落ち着くらしく、ゆっくりしたいときはの部屋にやってくる。

は、何度か提案しかけて飲んだ。

いっそ、一緒に暮らさないかと。

少し広めの部屋を借りて、お互い収入があるからそれくらいできるだろう。

それなら、一樹だって、休みの日は家でゴロゴロできるに違いない。

だが、それを自分が口にするのは何だか一樹の矜持を傷つけてしまうかもしれないと思って結局毎回言葉を飲んでいる。


今日は外で食事をしようと一樹が提案した。

先生も走る12月に入ってからのことである。も今年から働き始めて忙しい毎日を送っており、やっと仕事に慣れてきたかな、といったところだった。

だからそ、ゆっくりすごせる日があってもいいではないかと一樹が言うのだ。

そして、土曜日に食事をする約束をした。

「あ、」とが声を漏らす。

一樹は苦笑した。

「覚えてたか」

「勿論です」

付き合い始めて、初めて連れて行ってもらったディナークルーズ。

今日も、それだった。

「もう5年前か...」

助手席のドアを開けながら一樹が呟く。

「そうですね、わたしが3年のときです」

「あっという間だったなー...」

あの時は、自分ももまだ未成年だった。

何とか背伸びをしてのディナークルーズ。

だが、今はとりあえず背伸びをしているつもりはない。

周囲がどう見るか、というのはあるが、たぶんもう微笑ましいものとしては見られないだろう。

「はしゃいで転ぶなよ」

「一樹さん、レディに対して失礼ですよ」

一樹のからかいにがそう返す。

「これは、失礼しました」

大仰に一樹が頭を下げた。


一樹のエスコートでそのまま食堂に向かった。

「一樹さん、最近星空を見上げていますか?」

が問う。

案内された席は、窓際で星空が見えた。

「あー、いや。夜もずっとデスクだな」

そういいながら一樹は窓の外を眺める。

「体のほうは大丈夫ですか?」

心から心配そうにが声を掛けた。

「ああ、大丈夫だ。の方こそどうだ。仕事には慣れたか?中坊は体力あるだろう。特に男子」

「そうですね。仕事には慣れたつもりですけど、男子はやっぱり元気ですよ。女子だって、何だかジェネレーションギャップを感じてます」

が苦笑する。

男子も女子も本当に体力がある。しかも、あまり体の大きくないは少し舐められているところがあるようだ。

まあ、別に構わないので気にしていない。

「なあ、

「はい」

「冬のダイヤモンド」

「...シリウス、プロキオン、ポルックス、カペラ、アルデバラン、リゲル。どうかしました?」

が首を傾げる。

「やっぱ、すらすら出てくるな」

一樹が苦笑した。

何だろう、いつもと様子が違う。体調が良くないのだろうか。

はどうしたものかと思案した。船は出てしまったので、とりあえずこのクルージングが終わるまでは降りることが出来ない。

体調が悪いなら、船室でゆっくりするのも手だ。

「一樹さん」と名を呼ぼうと口を開いたところで「」と先に名を呼ばれて一樹の名を呼ぶために開いた口で「はい」と返事をする。

「俺は、この世界の仕事を随分と覚えたつもりだ。まだ、一人前になって仕事はしていないけどな」

「はい」

首を傾げながら相槌を打つ。

も、さっき聞いたが仕事に慣れた頃だろう?」

「はい」

やはり首を傾げながら頷く。

「修了試験の結果が届いた。合格だった」

「凄いです!」

が自分のことのように喜んだ。

「すぐに自分の事務所を開設ってのは難しいけど、所属先も見つけた」

「おめでとうございます!」

そして、一樹と目があったの心臓が大きく跳ねる。

「結婚しないか」

「えと...」

の全てがほしい。嬉しいも、楽しいも、悲しいも、辛いも。全部、これから先のすべて、俺にくれ」

そう言って一樹はポケットから小さな光るものを取り出した。

「これ」

「指輪...」

目に入ったそれをが呟く。

「そう。お前のものだ」

一樹のその言葉には小さく笑う。強気の発言。けど、少しだけ不安そうな瞳。

「わたしで、良いんですか?」

「ばーか。お前が良いんだよ。ほら、手を出せ」

そういわれて差し出した手の薬指に一樹はその指輪を嵌めた。

「あんなでっかいのは無理だったけど」

そう言って窓の外の星空を眺める。

「あんなおっきいのは要りません。これが良いです」

そう言っては自分の左手の薬指に嵌めてもらったリングにそっと触れた。

「4月の誕生石って、ダイヤモンドらしいな」

「ダイヤモンドリング...金環日蝕」

ダイヤモンドリングで思い出した単語を口にしたに一樹は苦笑した。

「あんなでっかいのも無理だ。すまん」

「あ、いえ。そんなつもりじゃ。ただ、ちょっと、思い出しただけで...」

慌てるに一樹は目を細める。

「これまで、と一緒に過ごしてたくさんの思い出が出来たな」

「そうですね」

「これからもたくさん、思い出を作ろう」

「楽しみです」



「はい」

「お前はもう俺のものだ」

「一樹さんもですよ」

の言葉に一樹は少し驚いたような表情をしてやがて苦笑した。

「お前にゃ勝てそうもないな」

「お互い様です」

の言葉に一樹の目元が緩む。

「これからもよろしくな」

「はい、こちらこそ」

微笑むが幸せそうで、一樹はくしゃりと笑った。









桜風
14.11.21


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