Dear my friends ―日常風景 悟郎&二階堂編―





廊下を歩いていると「さん」と少し融通が利きそうにない声で呼ばれて足を止めた。

振り返ると公民担当教師の二階堂の姿がある。

は「はい」と返事をして彼のほうに足を向ける。

がひとりで校内を歩くことは少ないと思う。少なくとも、二階堂はそう思っていた。幼馴染の一とか、親戚だという瑞希と一緒に居る様子を目にすることが多い。

「南先生の手伝いをしているそうですね」

そう言われては苦笑した。

「お手伝いってほどの事でもないですよ。一緒に勉強をしているだけです」

「しかし、南先生はとても助かっていると仰っていましたよ」

「それは光栄のきわみですね」

おどけたの言葉に二階堂も苦笑した。


「あっれー?ちゃんだ」

廊下の真ん中あたりでが誰かと話しているのを見かけた。

そして、その誰か、というのが二階堂だということに驚き、さらに、その彼が笑っていることにも驚いた。

首をかしげていた悟郎だが、いつの間にか走り出していて

ちゃーん!ハグゥ〜!!」

と叫びながらに抱きついていた。

「え!?」と呟きに近い声を漏らしてはそのまま抗う術もなく悟郎共々床に倒れる。

―――はずだった。

それを阻んだのは他でもない二階堂で、片腕で悟郎に抱きつかれたを支えている。

「風門寺君!」

たしなめるように悟郎の名前を呼んだ。

悟郎は二階堂が意外と力持ちであることに驚いている。

「全く、あなたという人は...さんは女の子で力が弱いんですからね」

溜息交じりにそういう二階堂に今度はぶぅと膨れる。

「ゴロちゃんの方が可愛いもん!」

...何の話だ?

は首を傾げた。

「てか、ショウちゃん!ちゃんと何の話をしてたのさ!!」

噛み付かんばかりの勢いでそう聞かれて二階堂は困惑する。

「特に、これと言って特別な話をしていたわけではありません」

そう言ってに視線を遣る。

それを受けても頷いた。

「ほらー!何だってそんなに仲良しさんなのさ!!」

「仲良し、って...」

が困ったように二階堂を見上げた。

二階堂は溜息をつきながら、

「私は、大学時代にさんのお父さんにお世話になったことがあるんですよ。小学生のときのさんに会ったこともありますから、昔からの知り合いということで、少々親しそうに見えたのかもしれませんが...」

それでも、会話の内容は補習の話だ。困ったことがあれば相談してください、とか何とか。そんな事を話していたが、それ以上とくに何か特別な話をした記憶は全くない。

「ホント!?」

「本当です」

「小学生のときのちゃんと会ったことあるの?」

「いや、そこは反応しないで良いんじゃない?」

が止めるが、悟郎は二階堂に詰め寄る。

「え、ええ...彼女のお父さんは私が大学時代入っていたサークルの顧問をしてくださっていましたから」

「サークル?何?ショウちゃん何のサークルだったの?」

「落研です」

「オチケン...?」

「落語研究会。二階堂先生、落語されるの」

が言うと益々悟郎が興味を示す。

「ショウちゃんが落語?!はーい!ゴロちゃんショウちゃんの落語見たいナリ!!」

元気よく右手を挙げて悟郎が言った。

困惑気味に二階堂はを見た。

は悟郎の背後で右手をパーにして、左手は人差し指と中指を立ててその右手に添えている。

一般的に『7』と表現するときの指だ。

少し考えて何を言っているのか分かった二階堂は、

「では、次のテスト。2学期の中間テストで全教科の平均点が...」

少し悩む。

悟郎の背後でははしきりに『7』を主張している。きっと7割。

「平均点が、50点」

はあからさまに肩を落とした。

「50点?!ショウちゃん、それってちょっと王道!」

「...横暴?」

項垂れたままが言う。

「あ、うん。そっち!横暴だよ!」

「そして」と悟郎の言葉を流して二階堂は続ける。

「私の落語を見たいというのなら、私の担当教科の公民のテストの点が...」

はまたしても『7』を主張する。

「60点以上、であること。いいですか?」

はまたしても項垂れる。

の主張も分からないでもない。でも、出来れば着実に階段を昇ったほうがいいだろう。

二階堂の言葉を聞いて暫く悟郎は「む〜...」と唸っていたが、

「分かった!ゴロちゃんバンガル!!ね、ちゃん!!」

はポカンと悟郎を見た。

「よし!そうと決まったら銭は急げ!ちゃん、いっくよー!」

そう言っての手を引き、悟郎は駆け出す。

「それを言うなら、“善は急げ”でしょー!」

悟郎に手を引かれながら叫ぶの背を見送って二階堂は溜息をついた。

さて、何の落語を披露しようか。

ボーダーラインを下げた理由はここにもうひとつ。

ちょっと、披露したかったのだった。

この理由を聞いたらきっとに怒られるだろうな。

自分が生徒に怒られることを想像して苦笑した。きっとそれは、だからありえることなんだろうな。

そう思うと益々可笑しい気持ちになり、思わずクスクスと笑ってしまった。









桜風
08.11.14


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