| 悠里からの補習を逃げ果せるために清春は学校の中に潜伏していた。 校外に出さないように、と悠里が見張っているため、少しの時間隠れてやり過ごそうと考えたのだ。 「ったく、ブチャのクセに...」 ぶつくさと文句を垂れながら空いている視聴覚室に入ると人がいた。 視聴覚室の鍵は時々閉め忘れられている。 当番が真田と悠里らしいが、2人とも結構抜けているから。 それに、例え廊下から鍵が閉められても教室の内側から開けられるから大して困らない。 そう思って訪ねた教室に、クラスメイトが居た。 彼女はうつぶせている。 そぅ、と近づいて顔を覗きこむと眠っている。 「ヘチャ?」 呼んでみた。が、反応がない。 これは面白い。遊び甲斐がありそうだ。 そう思って手を伸ばすと 「仙道君」 と声をかけられて危うく悲鳴を上げるところだった。 振り返るとそこに居るのは衣笠だった。 「ンだよ。脅かすなよ、オバケ!」 心持ち小声でそう言った。 「ああ、さんが居たんですか。おや、そういえば、さんは今日は補習はないんですかねぇ?」 のんびりとそう言いながら教室の中に入ってくる。 益々居心地が悪いと思いながら「今日はバイトとかそんなんで偶々休みなんじゃねェの?」と答えた。 「ああ、そうでしたか」 そういえば、彼らの優先事項を優先する補習だから、バイトやバンドの練習その他諸々用事があれば補習を休みにしていると聞いた。 「では、仙道君はどうしてここに居るんでしょうねぇ」 「サボってるに決まってンだろ!」と言いたい気持ちをぐっと堪えてそっぽを向いた。流石の清春でも衣笠には勝てない。 今の時期は、この時間でも随分夕陽が傾いている。室内の温度も下がっていく一方だ。 「クシュン」と小さくくしゃみが聞こえた。 のものだろうが、起きそうにない。 苦笑して衣笠は自分の着ている上着を掛けてやった。 「なぁ...ヘチャが姪だったってホントかよ」 不意に清春にそう言われて衣笠は目を瞠り、苦笑しながら頷いた。 「ええ、本当です。でも、会ったのは今年の3月が初めてですけどね。叔父だったときに一度も会えませんでしたよ」 清春は眉を寄せる。 「会えなかった?」 「ええ。姉は、さんのお母さんを1年しか出来ませんでしたから」 少し寂しそうに目を伏せた。 「どういうことだよ」 「まあ、これ以上はさんの家庭の事情ってことになるので詳しくは言えませんけどね」 そう言いながら唇に人差し指を当てる。 清春としても是が非でも知りたいことでもないから無理に詳しく聞きだそうとは思わない。 「しかし、まあ。寝顔は本当にあどけないですね」 細い目を更に細めて衣笠がそう言う。 最近はそこまででもないが、やはり起きているときは気を張っている。 しかし... 「ンだよ、気持ちワリィな」 眉間に皺を寄せて清春が言った。 衣笠は驚いた表情を浮かべる。 「いきなり笑い出してよ」 「笑ってましたか?」 「ああ、いきなりクスクス笑い出して。オカしくなったのかと思ったゼ」 ああ、なんだ。表情に出てしまったのか。 「いえ。でも、ちょっと嬉しかったもので」 「嬉しい?」 清春が衣笠の言葉を繰り返し、その意味を尋ねる。 「ええ、ちょっと嬉しくて。さん、こうして穏やかな表情を浮かべて寝ているでしょう?」 まあ、確かに。 清春は頷いた。 「彼女にとって。此処は、この学園は心穏やかに過ごせる場所なんだな、って思うと、ね。やはり此処の教師としては嬉しいものですよ。元叔父としても、ね」 「そォいうもんかァ?」 眉間に皺を寄せて清春が呟く。 イマイチ理解は出来ない。 「彼女の、今までの生活を考えると特に、ね」 そう言いながら衣笠はの顔に掛かった髪を避けてやる。 くすぐったそうに表情を緩めたに清春は何だか居心地が悪くなる。 今まで何度か、いつもと違うの表情を見た気がしたが、そのたびに何だか落ち着かない。 そんな清春の葛藤している表情を目にして衣笠は「ふふふ」と笑う。 そして、清春の腕を掴んで窓を開けた。 「先生ー、仙道君はここですよー」 を起こさない、絶妙な声量で校舎の下を走っていた悠里に声を掛ける。 「な!て..テメェ!!」 「ああ、そんな大きな声を出したらさんが起きてしまいますよ」 諭すように言う衣笠に清春はぐっと詰まる。 なまじ、あの穏やかな寝顔を目にしているため、起こすのは何となく忍びない気がするのだ。 嵌められた! 気づいたときには既に遅く、暫くしてやって気や悠里に連行されていく清春は一度振り返りを見る。 彼女は未だにすやすやと眠っている。 「チッ。仕方ねぇな...」 諦めの言葉を吐いた清春は、大人しく悠里についていった。 |
桜風
08.11.28
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