| 「おばちゃんたちはまだ帰らないのか?」 朝食の席で一が問う。自分たちは明日帰ることになっている。 殆ど観光ができなかったのではないか、とが心配そうに言ったが、今回の目的はの顔を見るためだったし、サプライズパーティーがメインだったからと彼らは応えた。 「んー、ついでだから自然公園とか見たいし。こっちに居る知り合いのドクターにあっておこうかなって思ってるから私はまだ帰らないわね」 の母はまだ帰らないという。 「僕と姉は今日帰りますよ」 衣笠はそういい、その姉も頷く。 「さんが元気そうで安心したわ。さすがにまだ旅行とかは出来ないんでしょう?」 そう言って主治医である彼女の祖母を見ると「まあ、今年は諦めるように言っているがね」と肯定した。 「日本に帰ってくることがあったらちゃんと連絡してね。沢山おしゃべりしましょう?」 そう言って微笑む衣笠の姉には引きつった笑顔を浮かべた。 何せ、彼女は再婚が決まっている。昔の夫の子供と会ったりしたら、気分は良くないだろう。 しかし、そんなことに頓着しないようで彼女はとの再会をとても楽しみにしている。 「姉は昔からああいうところがあります。大丈夫ですよ。義兄には会いましたけど、彼も姉と同じような感じの人でした。気を悪くするような人じゃありません。さんさえよければ姉と会ってください」 衣笠がそっと言う。 それなら、と思って頷くと彼女はとても喜んだ。 まあ、こういう性格だからあの父とも1度は結婚して1年間でも自分たちの『母親』をしてくれたんだろうな、と妙に納得してしまった。 翌日、皆を見送るのに祖母が着いてきてくれた。行きはともかく、帰りはさすがに車がないと不便なのだ。 「じゃあな」 彼らは口々に挨拶を済ませる。 「うん、またね」 「また遊びに来るからね!」 悟郎が手を振った。 彼らの乗った飛行機を見送りながらは「おばあちゃん」と声を掛けた。 「何だい?」 「『好き』って何?」 少し驚いてを見た祖母は優しく微笑む。 「そうだね、大切に思うことかね。人でも、物でも。何でも、だ。そして、その『好き』が他のそれとは違ってきて、特別になることがある。が怖いと思っている『好き』はそれだろう?」 見透かされているようでは居心地の悪さを感じつつも頷いた。 「確かに、それは怖いね。自分がいくら想っても今度は相手がある。相手が自分と同じように想うとは限らない。でもね、それで良いんだよ」 不思議そうに自分を見る孫の頭を撫でて空を見上げる。 「それで、良いんだよ。儘ならないことが沢山あるのが世の中だ。は沢山理不尽なことを目にしているからそれは分かっていると思う。世の中にはそんなことが沢山ある。報われない想いや夢がゴロゴロ転がっている。それは仕方のないことだよ。 でもね、だからと言って諦めて良いなんてことはない。何もせずに怖いから、と全てのものに手を伸ばさずに引きこもるなんてことは出来ないんだ。沢山苦労して、悲しい思い、つらい思いをしたその先にはほんの少しの幸せしかないかもしれない。それが世の中で、あたしたちの生きる世界だよ」 並んで空を見上げながらは祖母の言葉に耳を傾けていたが、「」と呼ばれて彼女を見る。 「気負うことはない。ゆっくりで良いんだよ。とりあえず、お前は自分を大切に思う存在があることを知った。まずは第一歩。次にまた一歩。ゆっくり歩きなさい。そして、いつか自然と誰かを愛しいと思うだろう。それは怖いことじゃない。失敗でもない。が、成長した証拠だから。あの馬鹿共のせいで、はそれが少し友達よりも遅いだけだよ。お前はとても優しいからね、大丈夫だよ」 『何が大丈夫』なんて事は言われていない。でも、それでもの心は軽くなる。 「まあ、に好きな人が出来たら..ウチの旦那と星太とお前の父親は寂しい思いをするかもしれないが、あれらも成長しなきゃいけないんだから、丁度良い試練だよ」 「おばあちゃん以外の人にも、ゆっくりでいいって言われたんだ」 ポツリと呟くの頭を祖母は乱暴に撫でた。 「お前のことを良く知っている良い人だね。自分を理解してくれる人はちゃんと居るし、大切にするんだよ」 祖母の言葉には目を細めて頷いた。 **** 久しぶりにパスポートを使い、懐かしい空気の中に降り立った。 ゲートから一歩足を踏み出すと視界にある団体が入り込む。 「ちゃん!」 手を振っているのは悟郎だった。少し外見は変わったが、それでも雰囲気はあまり変わっていない。 「な..んで?」 呆然とは呟いた。 こっそり帰ってきてビックリさせようと思っていたのに... 「そう何度も驚かされてたまるかって」 笑いながら一が言い、彼らは近づいてきた。 「イタズラは、オレ様の専売特許だっつうの!」 は諦めたように天を仰いだ。 「衣笠先生だ...」 「正解だ。衣笠先生が俺たちに連絡をくれた」 勝ち誇ったように言う瞬に対しては悔しそうに顔を歪めるが、それでも口元は笑っている。嬉しくてどうしても緩んでしまうのだ。 「ただいま」 諦めたようには言う。 「おかえり.....」 「トゲー!」 「さあ、行くぞ。の帰還Partyの準備が出来ている。盛大に祝ってやるからな」 そう言って先頭を切って翼が歩いていく。 彼の傍には相変わらず有能な秘書である永田が控えていて、彼はと目があうと優しく微笑む。 「ああ、そうだ」 そう言って翼は振り返り、「本、買ったぞ」一言そう言って再び歩き出す。 が目を丸くすると「先生がな、ポロッと口を滑らせたんだよ」と苦笑しながら一に言われた。 「これも...黙ってるつもりだった?」 瑞希がいたずらっぽく顔を覗きこんで言う。 「黙ってみんなの家に1冊ずつ送りつけてみようかとは、思ってたかな?」 「ザンネンだったなァ?」 勝ち誇ったように清春が言う。彼女のいたずらを事前に阻止したのがちょっとだけ嬉しかったようだ。 ひょい、との荷物を取りあげた悟郎がその空いた手を取る。もう片方は既に瑞希がしっかりと繋いでいる。 「ほら、行こうよ。ちゃん」 引っ張られるようにしては少しだけ歩調を早くする。 結局自分は成長できたのか分からないままの帰国となった。しかし、ゆっくりで良いと言ってくれた人たちが居る。 ふと傍を歩く一を見上げた。 目が合った彼は優しく微笑む。つられても笑った。 昔からの仲間を前にして、『もう少しだけ変わらないでいたい』という気持ちが強くなる。 甘えだというのは分かっているが、はそう思った。 |
桜風
09.6.5
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