にゃん にゃん にゃん





路地裏の野良猫のたまり場に足を向けると「かわいいにゃ〜」とにゃあにゃあ語で話している男子が居た。

制服はこの近くの有名校、私立聖帝学園高等部のものだ。

「こんにちは」

声を掛けられて彼は振り返った。

「あ?何だ、アンタ」

少し不機嫌に言う彼は本当に先ほどにゃあにゃあ語で猫に声を掛けてきた少年かと疑いたくなるくらい目が荒んでいる。

「久しぶり..かな?」

そう言いながら少女は膝を折って傍によってきた子猫の頭を撫でる。

さっき、名前聞いたけどまだ教えてもらってないよなー...いや、聞いたのか?聴いた瞬間忘れたのか、オレ!?

記憶力が極端に悪い自分だが、聴いた瞬間忘れるなんてことはないと思う、たぶん。

そんな感じに葛藤をしている彼、聖帝学園に通っている草薙一はじっと彼女の顔を見た。

「名前、また忘れちゃいましたか?」

苦笑しながら彼女が言う。

「あー...悪い」

ポリポリと頭を掻きながら一は謝った。

ですよ。これ、4度目」

笑いながら彼女は自己紹介をする。

「あー、そうだっけか」

やはりどうにも自分が悪いな、と少し反省をする。

顔は、見覚えがある。たぶん、見たことがある。間違いない。

...どこで見たんだっけ?

「あのさ、アンタと」

一が聞こうと思って口を開くと

「せっかく名前を言ったんですから、名前で呼んでください」

と遮られて言葉に詰まる。

「えー、と。んー...、ちゃん...ガラじゃねぇ。呼び捨てにすんぞ。は何で俺のこと知ってんだっけ?」

一の言葉には驚いたように目を丸くした。

「記憶力が悪いを通り越して『記憶喪失』ですよ、それ」

困ったようにそう言って「助けてくれたんじゃないですか」と答える。

「助けた?」

「そうです。子猫が川に落ちそうだったから、わたしが思わずそれを助けて。でも、子猫を助けたは良いけど、両手が塞がってたわたしが戻れなくなってて。で、草薙さんがわたしを引き上げてくれたんじゃないですか、この子と一緒に」

んー、言われてみればにゃんこは助けた。

の足元に擦り寄っている子猫がそのときの猫だ。

そうか、人も助けてたか...

「でも、わたしそれよりも前に草薙さんに助けてもらってるんですよ?」

いたずらっぽく笑いながらが言う。

「え!?マジ?オレ、だけを助けたことあるのか??」

一が言うとはにこりと微笑む。

「わたし、この街に引っ越してきて間もないときに不良みたいな、ガラの悪い人に絡まれてて。そしたら、草薙さんが出てきて、突然その人たちと喧嘩し始めて」

そのとき一は自分を振り返って目を見てきた。

目が合うと微かに首を振って「行け」と言ってくれた。

一のことは気になったけど、それでもここに居ても邪魔になるかもしれないと思っては逃げた。

あとで聞いたら自分を助けてくれたその人物は、草薙一と言って近くの有名私立高校の更に有名人だとか。

この街から遠いところにある学校に通っているは、平日は殆ど時間が取れないから休みの日、ダメ元で聖帝学園の近くにむかった。

そしたら、にゃあにゃあ語で喋っている男子の背中が見えたのだ。

その背中には見覚えがあって声を掛けるとやはり自分を助けてくれた草薙一だった。

話しかけても彼は自分を初めて見るような目で見た。

あのときはちょっと顔を見ただけだから、と思って御礼だけ言ってそのときは去っていった。

そして、それから数日後の子猫事件だ。

そのときも覚えていなくて、その後も覚えていなくて。

彼は、本人曰く。記憶力が物凄く悪いそうで。

だから、自分のことも覚えていないらしい。現在進行形で。

「おー!タマ。どうしたんだよ」

猫が1匹近づいてきた。

「その子。タマ、って言うんですか?」

「ああ。ちょっと向こうに商店街があるだろう?あそこの文房具屋の猫なんだ。なー、タマ」

メロメロだな...

は呆れて苦笑した。

「な、なんだよ...」

の苦笑が気になって一が言うと

「猫の名前は忘れないんですね」

といわれて言葉に詰まった。

確かに、猫の名前は忘れない。

「仕方ないだろう」

拗ねたように言う一に「そうですね」とは返す。

「わたしも猫になりたいなー」

は呟き、立ち上がる。

「へ!?」

「だって、猫だったら草薙さんに忘れられないんでしょう?」

そう言ってにこりと微笑む。

ぼうっとその笑顔を見上げていた一だったが、

「じゃ、また。今度こそわたしの名前、覚えておいてくださいよ」

は言って背を向ける。

「あ、...おう!じゃあな、!!」

は振り返って手を振った。

確かに、こう何度も忘れるのは失礼だ。

よし、と一は良いことを思いついた。

「おまえ、今日からだ」

と助けた子猫には名前をつけていなかったので、そう名づけた。

これできっと忘れない。

の名前を忘れないでいられるかはお前にかかってるんだからにゃー。頼んだぜ」

子猫の喉を優しくさすってそう声を掛けると『』は「にゃあ」と鳴く。

まるで「任せて!」と一の頼みを請け負ったように力強い鳴き声に一はニッと笑った。









桜風
09.2.22


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