| ドアが開いて客が来る。 「いらっしゃいませー」と声をかけて、そしては固まった。 声をかけられた客は面白そうにを見ている。 「どこに座っても良ろしいのでしょうか」 「ど、どぞう...」 ギギ、と油の切れたブリキのようにぎこちない動きでは頷き、コップに水を注いだ。 客はカウンターのど真ん中を選んで座る。 「な、何で...?ニューヨークって聞いてたんだけど」 「コーヒーと、そうですね..パスタもあるんですか。じゃあ、ミートソースパスタで」 の言葉に応える気がないのか、彼は注文をしてくる。 「かしこまりました」 とりあえず、この目の前にいる従兄には勝てないということを幼い頃から骨の髄まで叩き込まれた事実なので、従うことにした。 彼ものそんな反応に満足したのか笑っていた。 「お待たせしました」 カウンター越しに注文された商品を出す。ただし、コーヒーは最後だ。 彼はそれを目の前にして頷いた。 どうやら、何となく合格のようだ... 「で、さ。何で日本にいるの?ほら、真壁先輩って今ニューヨークでバリバリのご活躍中でしょ?トモ兄は、秘書さんなんだから、ついてってたんじゃないの?」 静かに食事をしている客、永田智也にはそういった。 彼は口の中に入れたパスタを咀嚼し、そして嚥下した。 「そうだな。でも、私がここにいるというのが答えだ」 「は?!わかんない...」 「その頭は飾りか?」 そう言って再びフォークを動かす。 厭味ったらしい一言には何かしらの反論をしようと思って、諦めた。 この人には勝てないのだ。 どんなに勢いで言葉を紡いでも結局論でねじ伏せられる。 今までどれだけそれを経験してきたと思っているんだ。 「マスターは?」 食事中に会話をしようとする永田に驚く。普段はそういうことはまずない。静かにさっさと食事を済ませてから会話を始めるのが永田智也だ。 「伯父さん?」 「この店のマスターだ」 「今のところマスターって言う役職はわたし。伯父さんはオーナー」 「じゃあ、オーナー」 今度はどこに行くと言っていたっけ...? は最後に伯父と会ったそのときを思い出して「南米..じゃなかったかな?」と呟いた。 「またか」と小さく呟き、食事を再開させた。 「今度戻ってきたとき、連絡しようか?」 「いや、いい。大して興味ない」 そう返した永田に「じゃあ、何で今聞いたの?」と聞きかけて、やめた。 永田が父親のことを良く思っていないのは親戚の中では有名だった。 この完璧超人の従兄は何となく雰囲気というか気分で生きている自分の父親とはそりが合わず、彼らが会話をしている姿を目にした記憶もの中にはない。 食事を綺麗に終わらせた永田には心の中で小さく舌打ちをした。 ソースは当社比普段の1.5倍。 パスタを食べながらソースが散ってシャツに染みとか作るといいよ、と完璧超人の従兄に挑戦をしてみたのに、テーブルの上にも散っていないというやはり変わらずの完璧超人ぶりを見せ付けられたのだ。 「少し、ソースが多い目だったな」 そう言って永田が立ち上がる。 それは計画的犯行だから、とは絶対に口に出来ず、 「ほんと?トモ兄だからキンチョーしちゃったのかな?」 と適当に返すとやっぱり見透かしたような目で見られて居心地が悪くなる。 御代を払って出て行く寸前、永田は足を止めた。 は忘れ物かな、と永田が座っていた席を振り返る。 「相変わらず、コーヒーだけは、上手だな」 『だけ』の部分を強調して永田はそう言い、店を後にした。 残されたはぽかんと永田を見送る。 あの完璧超人に褒められたことなど今までただの一度もない。 「相変わらず、の鈍さは羨ましいな」とか「のように図太い神経はどうやったら作れるのか私にも教えてもらいたいものだ」とかおおよそ褒めるつもりで口にしたとは思えないあれやこれやは思い浮かぶ。 それなのに、さっきのはどんな角度から解釈をしてみても褒め言葉以外の判断が出来ない。 「洗濯物...」 今朝ベランダに干してきた洗濯物が心配になってきた。 あの永田智也に褒められるなんて、午後から土砂降りになる。これは間違いないと思う。 |
桜風
09.12.17
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