| 「やほやほー!」 扉が開いた途端、そう声をかけられた。 「いらっしゃいませ」 どこかで見た顔だよなー、と思いながらもいつもの口調で答える。 店内には客はなく、暇過ぎて眠いと思っていたところだった。 客の後ろには中田が立っていた。 あれ?と首を傾げて、ああ、この人が以前此処に来た中田の言っていた『坊ちゃん』かと納得した。 しかし、高校3年生にしては、なんと言うか...お可愛らしい。 まあ、でも。 自分が高等部に在籍していたとき、B6の風門寺悟郎という先輩は女装というか、完璧どこから見ても女の子だったからそれに比べたら、まあ..ちゃんとしているのだろうな。 「ご注文はお決まりでしょうか」 彼らが席に着いてお絞りと水を持って行き、一度席を離れていたは2人の様子を見て声をかけた。 「うん。ボクね、ここからここまで。あと、飲み物は、オレンジジュースと..」 延々と続く注文。 何だ、この子の胃はブラックホールか? 「少々お時間を頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」 「いいよ。今日はお仕事まで時間があるし」 『仕事』? は不思議そうな表情でカウンターに戻っていった。 注文されたものをひたすら作り続けた。 いつかの客のように残すことはせず、中田の連れてきた坊ちゃんは幸せそうに平らげていく。 作り甲斐があるというものではないか。 注文された全てのものを作り終えたは洗い物を始める。 店内に流れている有線放送の曲に手を止めた。 このメインボーカル..になるのだろうか。その声が、今この喫茶店で猛烈に色々と食している少年のそれと同じだ。 は思わず彼に目を向けた。 「あ、これ。ボクたちのデビューシングルだよ」 『デビューシングル』、とな?! は暫く固まって「『ゲ』の?!」と声を上げた。 「なに、その『ゲ』って。ゴールドエクスペリエンスだよ?」 「あ、ごめんなさい。いつも雑誌には『ジー・イー』って略して書いてあるでしょ?あれ、初めて見たとき何だろう、この『ゲ』って思ったのが自分の中で強烈だったの」 「んもー!そんな可愛くない名前で呼んでほしくないなりよ」 「。坊ちゃんは、多智花八雲。ゴールドエクスペリエンスのセンターをされている」 「あ、うん。ごめんなさい」 窘める声音で中田に言われたは八雲に謝った。 「ん?あれ?マコちゃんは店長さんと知り合いなの?」 「...従兄妹です。元」 ああ、『元』が付くんだ。 何だかちょっぴり寂しいなと思ったが、まあ、あの完璧超人が家に君臨しているから出来れば縁を切って新しい人生を歩みたいと思ったんだろうな。だったら、昔のそういう親戚なんていう関係も邪魔なのだろう。 「元?」 と八雲は中田とを交互に見た。 「まあ、今は中田さんと仰るのでしたら..『元』ですね」 の言葉に「ふーん」と八雲は相槌のような言葉を漏らし、「で、店長さんは?」と話を変えた。 「わたし?」 「まずは、名前。何ていうの?」 「です。年はナイショ、って。あなたの担任の先生と同級生。友達よ」 の言葉に八雲は面白そうな表情を浮かべた。 「じゃあ、好きなミュージシャンは?」 「社交辞令、要る?」 の言葉で八雲は益々面白そうにする。 「要らない。で、誰?」 「特にこれ、っていうのはないけど。やっぱり学校の先輩ってのも会ってヴィスコンティは聞くかな?熱狂的に追いかけるとかしないけど、新曲が出たらチェックするとか」 あのB6だったから熱狂的にならないのかどうかは分からないが。 「ふーん」と八雲の相槌は少し面白くなさそうだった。 素直な子だな、と思う。 「坊ちゃん、そろそろスタジオに」 中田が促す。 テーブルの上のお皿は全て綺麗になっていた。 「カードで」と中田が言うが「あ、ウチ、カードだめなんです」とが言う。 「何で?カード決済したがる人多くない?」 八雲が言う。 「このお店のオーナーさん。あ、わたし雇われ店長なんです。縁故採用で。オーナーさんはレトロをテーマにしたいって言ってて。それで、カード決済はレトロにならないからって。こうやって多智花君みたいにたくさん食べる人も多くないし」 なるほど、と納得したが残念なことに今手持ちがないという。 「じゃあ、また来るよ。ツケ、効くかな?」 八雲が言う。 「いいわよ。ひと月以内には来てね?さもないと、中田さんの昔の実家に乗り込むから」 おどけた様子でが言い、その言葉を聞いて中田は慌て、八雲は笑う。 「わかった。マコちゃんのためにも、また来るよ。ひと月以内にね」 八雲はそう言ってウィンクして店を後にした。 「必ず、必ずまた来るから!あいつとか実家とかに言うなよ!!」 中田は強く念を押して店を後にした。 そうか、トモ兄に請求するって言う方が衝撃は大きかったかもなぁ... そんなことを思いながらは先ほどまで八雲たちが座っていたテーブルに向かった。 |
桜風
10.1.8
ブラウザバックでお戻りください