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閉店の準備をしているとウィンドチャイムが鳴った。

顔を上げて目を丸くした。

「おやぁ、超絶多忙のアイドル君」

からかうようにが言うと少し機嫌が悪くなった。

「どうぞ、好きな所に座って。ちょっと待っててね」

そう言ってはCLOSEDの看板を手にドアに向かった。

「あれ、もうおしまい?」

「そろそろね。お客さん、来ないし。寧ろ、今来られてそれが多智花くんのファンだったらもう大変」

肩を竦めてそういう。

「そっかー、迷惑か...」

「というか、ひとりじゃ捌けない。で、何にする?今日は中田さん抜きなんだ?」

メニュー表を渡しながらが言うと「んーと」とまた上から下まで注文されそうだと思い

「出来れば、一品にして」

と声をかけた。

「ああ、そっか。今片付けの途中だったんだよね。そうだなー、じゃあ、オレンジジュースで良いよ」

「了解」と返して冷蔵庫からオレンジを取り出した。

「あれ?ジュースってパックに入ってるのとかじゃないんだ?」

八雲が驚いて声を上げる。

「この間飲んだでしょう」

対しては眉間に皺を寄せた。

「だって、あの時は、ご飯がメインだったんだよー」

まあ、そんな感じの勢いだったな...


「ねえねえ」

ジュースを飲みながら八雲が声をかけてきた。

「何でしょうか?」

「今度、雑誌の取材とかでお気に入りのお店聞かれたら此処答えても良い?」

「ダメ」

即答のに八雲は驚いた。

「何で?」

「前にね。多智花君がお店に来るちょっと前に何でか、このお店に多智花君が来るって言う噂がたってたみたいなのよ。それ目当てで来た子が、多智花君が来てないことを知った途端にお店を後にしたの。注文したものを殆ど残して」

の話に八雲の眉間に皺が寄る。

「やっぱり、大切にしてほしいでしょう?それに、多智花君御用達のお店になったらそりゃ、お客さんいっぱい来てくれるだろうケド、わたし一人じゃムリになるから」

「バイトとか雇わないの?」

「人を使うとかそういうの無理だと思うのよ。結局、自分でしたいから」

苦笑して言うに、「そうなんだ」と八雲は少し残念そうに声のトーンを落とした。

「第一、多智花君だって、ファンが殺到しているお店に足を運ぶなんて出来ないでしょう?また来たいって思ってくれてるなら、隠れ家的な扱いに留めておいてよ」

の言葉に「そだね」と八雲は頷いた。


「多智花君」

「何?」

「学校、どう?今年編入してきたって聞いたよ?」

不意にそんな話を振られて八雲は目を丸くした。

「よく知ってるね」

「中田さんに聞いたから」

笑いながら言うに「何だ、マコちゃんか」と八雲も納得した様子だ。

「そうだねー。まあまあ、かな?面白いけど..何だかちょっと窮屈」

肩を竦めてそういう。

「勉強、嫌いなんだ?」

「する意味がわかんない。ボクは、アイドルなんだよ?」

「...逆に、アイドルだから勉強しないって理屈の意味が分からない」

苦笑してが言う。

「ボクはこの先も芸能界で頑張っていくのです。勉強って何のためにするの?進学のため?だったら、ボクには必要ないない!」

なるほどなー、とは納得した。

「まあ..芸能界ってものを知らないから小説とかドラマとかワイドショーとかで得た知識のみの話になるけど。芸能人だからこそ、経験が必要なんじゃないの?」

の言葉に八雲は首を傾げる。

「多智花君は、このままずっと歌だけのアイドルでいるつもり?アイドルの中には役者とかやったりしてお仕事に幅のある人も居るでしょう?」

「ゆくゆくは、ボクもそのつもりだよ?」

「だったら、経験値が高い方が良いんじゃないの?それに、知識がある方がすんなり役に入れるかも」

「むー...さんは、センセイの手先なのですか?」

警戒心むき出しで八雲が呟く。

「手先でも、回し者でもないけど。例えば、時代劇とか。あれって時代背景を知ってるのと知らないのとでは役の深みってのが違うと思うのよね。ドラマだって、大学生の役をしたら..どう?大学生経験者とそうでない人。やっぱり違うんじゃないのかな?」

「やっぱり手先だー。センセイ、汚い手を使うなぁ...」

「残念!真奈美はそういうずる賢さを持っていません。それがあったら、もうちょっと色々とうまくやっていけるわよ。それとも、学校での、先生としての真奈美はずる賢い人になってるのかしら?」

全く想像できない親友の姿を思い浮かべてみた。

やっぱりそれはどう考えても北森真奈美じゃない。

「あー..確かに。センセイはそういう駆け引きとか全くダメダメですなぁ」

「あ、やっぱり?」とは笑う。

「ま。わたしは出来れば多智花君に補習を受けてほしいけどね。『勉強しろー』って言ってくれるのは今のうちよ?勉強しても、大学に行かなきゃいけないなんてないし。勉強は誰かのためにするんだったら疲れるけど、自分を育てるためにしてると思ったら、意外と続くのよ?たぶんね」

「じゃあ、さんは高校時代どんな生徒だった?」

興味を持った八雲が言う。

「品行方正成績優秀な優等生。で、電池切れて大学は行かずに専門で手に職つけたというか...」

苦笑する。

「専門学校?大学じゃなくて?」

「自分のためにしてた勉強じゃないから。疲れたのよ。やりたいことじゃないし、寧ろ..イヤだったから。でもね、勉強して損はなかった。今、こうしてお店に来てくださるお客さんとお話をするのに結構役に立ってるのよね」

の言葉に八雲は驚き、詳しく聞こうとしたところで携帯が鳴った。

「あ、呼び出しだ」

「お仕事?」

「うん!もう近くまでマコちゃんが迎えにきてくれてるみたい」

「そう、無理のないように頑張ってね」

はそう言ってクッキーを取り出した。

それをいくつか包み、「お仲間さんとご一緒に。あ、夜に甘いものは厳禁?」と慌てる。

「若いから大丈夫!」

コイツ...!と思ったが、実際ピチピチなんだから仕方ない。

「じゃ、メンバーの2人と中田さんにヨロシク」

「あ、お代。今日はこの間のツケも払いに来たんだから」

ああ、何だ。それが目的だったのか...

は苦笑して、精算する。

「じゃ、良かったらまた来てね」

が言うと

「もちろん!ボク御用達の隠れ家だもん!!」

と八雲が請け負う。

その言い方が可笑しくては笑う。

もう一度八雲の携帯が鳴った。

中田からだろう。

「じゃあ、中田さんにもよろしくお伝えくださいませ」

の言葉に八雲は「りょーかい!」と返して店を出て行った。









桜風
10.1.22


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