| 雪がちらついてきた頃。 店の定休日に家に居ると携帯に電話が掛かってきた。真奈美からだ。 「どうしたのー?」 通話ボタンを押してそのまま用件を問うところから入る。 『今日の夕方、大丈夫?』 真奈美も慣れたもので、用件で返す。 「大丈夫だよ。何時?」 補習が終わるのが少し遅いけど、と前置きして真奈美が時間と待ち合わせ場所を指定する。 待ち合わせ場所に立っていると駆けて来る真奈美の姿を見つけて手を振る。 「ごめん..ほ」 「補習が長引いちゃって...でしょ?いいよ、大丈夫」 補習が長引くのは真奈美が一生懸命仕事をしている証拠だ。 「どこ行きたいの?」 「ほら、そろそろクリスマスでしょ?」 真奈美の言葉には目を丸くした。 「おお、真奈美にもここいらで春が...」 「ザンネン!毎日補習三昧でそんなことあるわけないでしょ?」 「職員室恋愛とか?」 の言葉に真奈美は首を振る。 「殆どの先生方は既婚者だし。あとは...」 そう言って遠い目をした。 なにやら聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。 「...ごめん」 「ううん、いいの」 遠い目をしたまま真奈美が答える。 これは、話題を変えなければ!! そう思ってはとりあえず、ショッピングモールに向かってみた。 「で、クリスマス」 先ほどの話の続きを促してみた。自分が腰を折ったのだから、とりあえず修正しなければ... 『クリスマス』が其処彼処に散りばめられているモール内を歩く。浮かれまくっている感じだ。 外は随分と寒かったのに、このモール内ではコートを着ていると汗をかくほど暖房が効いている。 首に巻いていたマフラーはとりあえずバッグに突っ込んだ。 真奈美も同じく、マフラーを外している。 「みんな、いつも補習頑張ってるでしょ?だから、ご褒美というか...クッキーでも焼こうかな、って。それで、クリスマスらしい型とか探したかったのと、こんなに近くにが居るのに、私が忙しかったこともあってデートできてなかったから、久しぶりにデートがしたかったの」 笑って言う真奈美に、「それは、光栄でございます」と恭しく礼をして笑った。 真奈美の買い物の目的を先に済ませてしまおうとまずは雑貨屋に向かってみた。 「何で雑貨屋さん?」 「こういうイベントごとを抑えるなら、雑貨屋さんでしょ」 そう言って店内を歩く。 なんか、特に必要に迫られていないけど、どれも可愛かったり何だりで欲しくなってしまう。 「目の毒ね」 真奈美も同じだったらしく、隣でそう呟いた。 「はやく買い物済ませちゃおう!」 に促されて真奈美はクッキー型や、ラッピング用品などを手にレジへと向かっていく。 ふと、目に留まったものがある。 「...日ごろのお礼、か」 真奈美は『ご褒美』といったが『お礼』だって有りだろう。 「お待たせ」と戻ってきた真奈美に「ちょっと待ってて」と今度はがレジに並ぶ。 「何買ったの?」 まずは目的のものを手に入れたので先に食事をしてしまおうということとなり、モール内の店に入った。 「ん?」 「さっき。レジに並んだじゃない」 真奈美に言われて、そのことかと納得した。 「うん、日ごろお世話になってる人にちょっとしたものだけどプレゼントしようかなって。真奈美の『ご褒美』の『お礼』バージョン」 の言葉に「そっか」と真奈美は返す。 「で?」とずいと上半身を乗り出して真奈美が迫ってきた。 「には、春は来てないの?お客さん、いろんな年代の人が居るんでしょ?」 興味津々の真奈美には申し訳ないが、そういう色めいたことは何ひとつない。 あの店は、いわば夜の小料理屋の昼バージョンだ。 夜、小料理屋の女将さんに愚痴を聞いてもらうためにサラリーマンが通うなどということがあるみたいだが、どうにもそういう場所と認識されているようだ。 喫茶店でありながら、カウンターに座りたがる客が多い。座った途端愚痴が始まったりもする。 夏に1週間以上店を休みにしていたが、休み明けには常連がやって来てくれた。 ありがたいと思いつつも、「マスターがいないと誰に愚痴を聞いてもらえばいいか...」と愚痴って行ったのが殆どだ。 真奈美にこの話をすると彼女は苦笑した。 「お互い、春はまだ遠いわね」 「待ってれば、きっといつかぽかぽか陽気の春がやってくるよ」 の言葉に真奈美は「だといいけど...」と窓の外に目を向けて呟いた。 まあ、今物凄く苦労しているんだろうけど。 「春..か...」 真奈美の、おそらく無意識に漏れた呟きを耳にしたは「ああ、そうか」と納得した。 春は、旅立ちの季節だ。 つまり、今受け持っている生徒たちとの別れが待っている。 それはそれで空虚感を味わうことになるのだろうな... 出て行った自分がそんな感覚を味わったのだから、教師は毎年それを味わい続けていくのか... 何だか、恩師が随分と偉大に思えてきた。 |
桜風
10.5.28
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