Kaleidoscope 44





最近保健係として保健室の留守を預かることが増えた。

べつに構わないが、それに伴い琥太郎の様子がおかしいような気がする。

ちょっと顔色が悪かったり、目の下にクマがあったり。

今日も留守を預かって放課後過ごしていると琥太郎が戻ってきた。

「おかえりなさい」と声を掛けると琥太郎は苦笑して「ただいま」という。

「ねえ、顔色悪いよ?」

が言うと「そうか?普通だよ」と返す。

はコーヒーを入れる準備をする。

琥太郎は月子の『まずい茶』がお気に入りらしいので、は保健室では緑茶を入れることをしない。

少なくとも、琥太郎が飲むものとして淹れる事をしないのだ。

保健室に来る前に購買部で購入したチョコレートを茶請けにしてコーヒーと共に机の上に置く。

「ああ、すまないな。のコーヒーは美味いからな」

「お世辞は良いから。仮眠取りなよ、琥太にぃ。ほんと、目が死んでるよ?」

「ははっ、に世話を焼かれるとはな...」

軽口にもいつものパンチが無い。

心配そうに見つめるを見て琥太郎は苦笑した。

「なあ、。俺が理事長になったらどう思う?」

「琥太にぃが?別に、特に...けど、春姉ちゃんが理事長やってるじゃん」

が言うと「実は、姉さんに理事長を引き受けてほしいって頼まれてるんだ」と琥太郎が話し始めた。


琥太郎の父親から理事長職を受け継いだのは彼の姉の琥春で、現理事長である。

しかし、父親が海外で事業をするのに自分もそれを手伝いたいといっているそうだ。

既に理事長の仕事の大半を琥太郎がしている状態であり、仕事面ではそんなに量は変わらないと言う。

ただ...

「保健医、って仕事。俺は自分が思っている以上に気に入ってたみたいなんだ」

ぽつりと言った。

最初は、姉に押し付けられた仕事で面倒くさいとも思っていた。しかし、がこの学園に入ってきて面倒くさいとか言ったら確実に誰かさんにぶっ飛ばされるし、それなりに保健医であろうと思って過ごした。

そうして過ごすうちに、生徒の相談を受けたり、授業をサボりに来た生徒を追い返すのとか、口うるさい保健係のお小言を聞くのとか、そういうのが自分にとってとても大きな存在になっていることに最近気が付いたという。

「口うるさい保健係って誰のこと...?」

「何だ、自覚が無いのか?」

からかうようにいう琥太郎にはムッとした表情を見せる。

その表情を見てふっと笑う。

「だから、俺は保健医でいたいんだ」

「じゃあ、両方すれば?理事長が保健医をしてる。別にしちゃダメだって規則とかにないんでしょう?」

があっさりそういった。

「は?お前、簡単に言うなよ...」

「あのさ、琥太にぃって他人のことはしっかり観察できるけど自分のことはてんでダメだよね。
ねえ、琥太にぃ。琥太にぃって、おじさんの教育の賜物で頭が良いよね。要領も基本的にはいいほうだと思う。偶にビックリするくらい悪いけど。
あと..助けてくれる友達がいる。陽日先生って、琥太にぃの手伝いを良くしてくれてるんでしょう?保健係だって頑張っちゃいますよ?来年も、わたしは保健係をするつもりだし、約束する」

「再来年にはお前卒業だろう?」

琥太郎は苦笑して言う。の提案は嬉しいが、子供の理想だと思う。

「それくらいには、琥太にぃも二足の草鞋に慣れてるだろうし、郁ちゃんが戻ってくるよ。郁ちゃんってば文句を言いながら、なんだかんだでお手伝いしてくれると思う。ううん、絶対にする。郁ちゃん、琥太にぃが好きだもん。
今と比べて仕事の量がちょっと増えちゃうんだったらその分、ちょっとずつ皆に手伝ってもらえば良いじゃない。ひとりで何でもしようとするから出来ないって思うんだよ」

まっすぐな瞳でが言う。

何でもないことのように、当たり前のように周囲を頼るように提案する。

琥太郎は目を閉じた。

つまり、はこうやってたくさんの人に支えられて、そして支えて大きくなってきたのだ。

それが『当たり前』と思えるくらいに。

俯いた琥太郎に不安を覚えながら膝をつき、「琥太にぃ?」と顔を覗きこむ。

「ぶっ」

顔を琥太郎の手で押さえられて拒否される。

「ちょっ!何するの?!」

「もうちょっと考えてみるよ」

俯いたまま琥太郎がそういった。

「あと、蛇足的にもうひとつ。やらずに後悔するよりやって後悔した方が良いと思うよ。同じ後悔するならね。じゃ、失礼しました」

はそう言って保健室のドアを開けて出て行った。

廊下の足音が遠ざかるのを確認して琥太郎は顔を上げる。少し目が赤かった。

「やらずに後悔..か」

ずっと胸につかえている後悔。それはやらなかったことに対する後悔だ。

「子供は怖いもの知らずだよな...」

苦笑してそして机の上のコーヒーを飲んだ。

「何だこれ...」

疲れてるだろうと気を使って砂糖も入れてくれたらしい。

「甘すぎだぞ、...」

その気遣いはちょっと多すぎた。









桜風
11.8.12


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