Kaleidoscope 50





「郁ちゃんって子供だなー...」

空を見上げながら歩く。そうしないと、涙が零れそうだった。

あんな傷ついた顔をされたら何でもないようにしなきゃいけないじゃないか。

子供の自分に気を使わせるなんて、何て大人だ...

「ごめんなさい」

何度も口にしたことば。届かないことば。

「あー、もっとメンタル鍛えなきゃ」

絶対に自分が生きていくうえで付いてくる事実。どんなに言われても揺るがない心がほしい。


ドンと誰かにぶつかった。

「ごめんなさい」と言うと乱暴に手を掴まれてそのまま校舎の影に連れていかれた。

咄嗟に思考が反応できずに頭の中が整理できたときには自分が非常に拙い状態に陥っていることだけは分かった。

「やあ、いいところで会ったね」

笑っているその顔は目だけが笑っていない。

逃げようとした。こういうときには体が小さいと便利だと思った。

しかし、腕をつかまれてまた校舎の壁に背を打ち付けられた。

「やっと、隙が出来た。いつもいつも星月や不知火、青空や天羽が邪魔をしてくれたが、ここでやっと...」

恍惚とした目でそう言う。

ぞくりと背中に冷たいものが走った。

もう一度逃げようとしたら顔を拳で殴られた。カチャンと何かが落ちた音がした。

ー!」

郁の声がした。

応えようとしたら口を塞がれて腕をつかまれた。

「動いたら関節が外れるよ」

関節技をかけられたらしい。

ー?」

自分の名を呼ぶ郁の声が遠ざかっていく。


ボキリと嫌な音がした。

郁はその音の方に足を向ける。

「誰かいるのか?」

「水嶋先生!」

肩から男に突進して隙を作ったが郁に向かって走る。

郁の目が驚きに見開いた。

「お前、女の子の顔に...!」

の顔の左側に殴られたような痕がある。

「郁ちゃ...」

郁に向かって倒れこむを受け止めたため、彼女に危害を加えた生徒を追いかけることが出来なかった。

が手首を押さえている。

「腕、どうかしたの?」

「へへっ、外した」

「ちょ..!笑い事じゃないでしょ!!保健室、琥太にぃ...!!」

を抱えて郁は保健室に向かった。


「その生徒の名前、知ってるか?」

「知らない」

一通りの治療を受けたはこのあと病院に行くことになった。

手首の状態が折れているのか、ただ関節が外れただけかが見ただけでは分からないのだ。

レントゲンを撮って確認する必要がある。

「ねえ、。あの男を庇ってるの?」

「あのね、郁ちゃん。さっき、自分が言ったでしょう?学校は男ばかり。一々お名前を伺って記憶することなんて出来るわけないでしょう?」

「でも、あれは3年だろう?タイの色が青かった」

郁が重ねて聞くがは「わかんない」の一点張りだった。

それを聞いていた琥太郎は深い溜息を吐く。

「よし、質問を変えよう。今まで危ないなって思うこと、無かったか?」

溜息混じりに琥太郎が言う。

「あったよ、たくさん」

しれっと言うに「!」と、琥太郎が声を荒げた。は肩を竦め、郁も同じ反応をした。

「いい加減にしろ!なんで俺や不知火を頼らない。お前はもっと頼り方を知ってる、自分を守ることを知ってると思ってたぞ」

が俯く。

「ちょっと琥太にぃ。そんなに怒鳴らなくても...」

郁がとりなそうとする。

「だって、」とが俯いたまま口を開いた。涙声に琥太郎もぎょっとする。

泣くとは思わなかった。

「すまない、怒鳴ったのは悪かった。だから、泣くな」

「だって、わたしがわがまま言ったらお母さん達みたいに...」

はそこまで言ってポタポタと涙を零した。

琥太郎に睨まれた郁は天を仰ぐ。

、ごめん。僕が言いすぎた。違うよ、は悪くない。子供として当然の主張だったし、のご両親はその願いを叶えたくてケーキを買いに行ったんだよ。が喜ぶ顔が見たかったんだ」

の頭を優しく撫でながら郁が言う。

親を殺したといわれて傷つかない子供なんていない。は傷つかないといって自分を傷つけないように我慢したのだ。

子供はどっちだ...

自分の口にした言葉で此処まで後悔したことは今までなかった。

郁は自分に対する腹立たしさを下唇を噛みながら押し殺し、の髪を撫でていた。


保健室の電話が鳴り、呼んでいたタクシーが着いたという。

「今行きます」と琥太郎が言い、「、行くぞ」と促した。

本当はもうちょっと落ち着いて保健室を出たいだろうが、タクシーが来てしまったので仕方ない。

「琥太にぃ、僕もついて行って良い?」

「直獅に聞け。先にタクシーに乗ってる」

「ちょっと待っててよ」

を連れて保健室を出ようとする琥太郎にそう言って郁は廊下を走っていった。









桜風
11.9.2


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