Kaleidoscope 53





教育実習は明日まで、という日に郁は琥太郎に呼び出された。

何だろう、と思いながら保健室のドアを開けてそのまま回れ右をしそうになる。

しかし、そこはグッと堪えて「久しぶり。アキにぃ」と保健室の中に足を踏み入れた。

「その覚悟は買ってやる」

笑みを浮かべた晴秋が言った。

「用件は分かるよな?」

「殴られる、のかな?」

おどけたように言う郁に「分かってるじゃないか」と晴秋がゆっくりと足を進めて郁との距離を縮めた。

ごくりとつばを飲み、息を詰める郁に「歯、食いしばれよ」と言った晴秋は一歩足を踏み出して拳を入れる。

「ぐっ」と唸って郁は膝をついた。

「ま、お前の唯一の長所を傷つけるわけにはいかないだろうからな」

笑いながらそう言った晴秋は「邪魔したな、琥太」と言って保健室を後にした。

腹を押さえている自分に「大丈夫か?」と声を掛ける琥太郎を見上げた郁は「大丈夫そうに見える?」と返す。

「まあ、アキも手加減してくれたんだ。これでのことはチャラだし、夏姉が騒いでもアキがとりなしてくれるよ」

膝を折ってそう言う。

「まあ、夏凛さんは手加減してくれそうに無いからこれで済んだだけマシって思うことにする。けど、ちょっと休ませて」

「ああ、そうしろ」

よろよろとベッドまで歩いていった郁はそのまま倒れこんだ。


ドアがノックされて「いるかー?」と顔を出した人物に生徒会室内の皆は驚く。

「お兄ちゃん?!」

が駆け寄った。

「おー、元気か?琥太から手を怪我したって聞いたからな。休みだったし様子を見に来たんだ」

入っても良いか?という晴秋にが頷く。

「お久しぶりです」と一樹が声をかけた。

「ああ、この間は悪かったな」と晴秋は言っての手を見る。

「利き手じゃなくて良かったな。包帯は、琥太か?」

「うん、お風呂から出たら巻いてもらってる」

「え?!」と背後で声がしては不思議そうに振り返った。

「あ、いや。月子に頼んでるのかと思ってたから」と一樹が言い、颯斗も頷いていた。

「つっこちゃんの手を煩わせるのも悪いなって思って。星月先生はそれが仕事だし」

「あ、ああ。そうか...」

一樹はギクシャクと頷いていた。

その様子を晴秋は目を眇めて見守る。

一通り近況を話した後「お兄ちゃんは、今日も星月先生のところに泊まるの?それとも、水嶋先生?」とが問う。

「ははっ、郁は当分オレの顔を見たくないだろうな。今日は泊まらないよ、これから帰る。ただ、弓道場を覗いて帰ろうかとは思ってるけどな。月子ちゃんたちにOBってバレたから」

「そっか」とどこか寂しそうにしているの頭をくしゃっと撫でて「不知火、ちょっと良いか」と声をかけた。

「あ、はい」と一樹が立ち上がり、「じゃあな、。琥太に迷惑掛けまくれよ」と笑いながら晴秋は生徒会室を後にし、それに続いて一樹も生徒会室を出て行った。


何も言わずに屋上庭園に行く晴秋について一樹も何も言わずについていく。

「悪いな、イベントの多い生徒会なのに」と晴秋が言うと「自分が企画してるイベントですから」と一樹は笑った。

「それで、何ですか?」と用件を促すと「特に無い」と返されて「へ?」と声を漏らす。

「この間の、月子ちゃんにお前を呼びに行ってもらっただろう?別にお前に用はなかったけど月子ちゃんがいたらややこしくなりそうな気がしたからな。あれで郁がを見つけられなかったらヘタすりゃほんとにオレと姉ちゃんがその生徒をぶっ飛ばすことになってたかもしれないし。
この年頃の男はホント、ただのオスだったりするからな」

の姉が学校の男子を『狼』と称しているその真意がそれだ。

一樹は頷いた。そこまでに至らなくて本当に良かった。

「まあ、そんなわけで。用もないのに至急と言ってしまい、それがに伝わってたらお前に会ったのに何もないのはまずいかと思って呼び出しただけ」

「わかりました」と頷く一樹に「の、つもりだったけど」と晴秋が続ける。

「姉ちゃんが本気で言ってることなんだがな?との交際は、姉ちゃんを倒さない限り認めないそうだ」

ニッと笑ってそう言う。

「あ、あの...?」

どういう意図で言っているのだろうか。

一樹は混乱した。

しかし、晴秋は混乱している一樹の姿を見て笑い、「じゃーなー」と言って一樹を置いたまま屋上庭園を後にしていった。


「よー、月子ちゃん」

突然声が聞こえて振り返るとの兄が立っていた。

「晴秋さん!」

「ちょっと用事があってきたから、ついでに覗いてみたんだけど...」

全体練習は終わった後のようで、居残りで月子がいるくらいだった。

「他のヤツはもう帰ったんだ?」

「いえ、宮地君がちょっと更衣室にいます。あと、梓君も」

梓?この間遊びに来た中にいたっけ??

そう思いながら「上がって良い?」と確認を取り、道場の中に入った。

「うわ、道場自体久しぶり...」

そう言って置いてある弓を見た。

自分が引退する際に弓は置いていったからまだあると思ったが、なさそうだ。

「晴秋さん、お久しぶりです」

戻ってきた宮地が声をかける。

「ああ、久しぶり」

そして宮地と共にやってきた少年を見て、先日泊まりに来た中にいなかった人物だと確認する。

「あ、コイツは1年の木ノ瀬梓です。ウチの..ルーキーです」

紹介された木ノ瀬は「初めまして」と挨拶をする。

「生徒会執行部の書記をやってる2年神話科のの兄の晴秋だ。まあ、縁があってこいつらとも知り合いだからちょっと寄ってみたんだ」

丁寧に説明をすると彼は苦笑して「そうですか。先輩ってよく青空先輩と一緒にいる人ですよね。翼がお世話になってます」と頷く。

木ノ瀬の言葉を聞いて晴秋の眉間に一瞬皺が寄る。

「晴秋さん、俺の弓でよかったら引いてみてください」

そう言って宮地に言われてその言葉に甘えることにした。

弦の張り具合や弓の大きさを確認して所作を取る。

久しぶりの弓道であったが的中だった。ほっと息を吐く。

振り返り、「射形、やっぱり変わってただろ?」と月子に言うと彼女は頷く。

「ま、こんなもんだよ。8年もまともに弓を引いてないんだし」

そう言いながら宮地に弓を返して道場の入り口に向かう。

「今日も泊まられるんですか?」と月子が聞くと晴秋は首を振る。

「いや、帰るよ。琥太も忙しくなってるしね」

そう言って晴秋は道場を後にした。


翌日、郁の教育実習期間が終了した。

が保健室に行くと、郁が琥太郎と陽日に挨拶をしているところだった。

「水嶋先生、頑張ってください。今のままだったら完璧な反面教師です」

笑顔で言うのこめかみを両拳でグリグリとしながら「その減らず口、どうにかした方が良いよ」と言う。

そして、その手を緩めて「ねえ、今度一緒に姉さんの墓参りに行ってくれない?」と言われてはきょとんとした。

「まさか、今まで行ったことないとか?!」

「だって、認めたくなかったんだもん」

子供のような言い訳に「姉不幸者!」とが言う。

「だから、お墓参りをしてその姉不幸を謝ろうって思ってるの。冬休みとか、春休み。が実家に帰るとき、付き合ってよ」

「もー、仕方ないなぁ」と言うは満面の笑みだった。

「手のかかる大人だ」

は、姉さんに頼まれてるんでしょ?」

しゃあしゃあという郁に肩を竦め、「また連絡する。冬休みは帰るかどうかわかんないし」とは言った。

「わかった。そのときは、琥太にぃも一緒にね」

「引っ張ってく」

「おい、俺の意思は?!」

「じゃ、。またね。琥太にぃもありがとう。陽日先生も、お世話になりました」

琥太郎の抗議は軽く流して郁はそう言い、保健室を後にした。

「全く、猫みたいなヤツだな」

苦笑しながら琥太郎が言い、「昔からだよ」とも頷いた。









桜風
11.9.16


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