Kaleidoscope 54





ふと、耳に届いたピアノの音色。

はその音に誘われるように音楽室に向かった。

そっとドアを開けて中を覗いてみる。

夕日を浴びた颯斗がその旋律を奏でていた。

鍵盤に落としていた視線を上げた颯斗と目が合う。

少し驚いたような表情を見せた颯斗は手を止めた。

「あ、」とが言う。

さん、せっかくですから中に入ってきてください」

そういわれて「お邪魔します」と音楽室に足を踏み入れる。

「凄く上手だね」とに言われて苦笑した。

自分のピアノは、家に帰ればそんなに上手な方ではない。どちらかといえば評価されないものだ。

だが、の素朴な一言が嬉しい。

「そうですか?」

「うん。お姉ちゃんも家で弾いたりしてたけど...」

「音楽をするなら基本はピアノですからね、どうしても」

「そうなの?」

「ええ」

「颯斗くんは物知りだね」とが笑い、「ね、まだ何か弾いて」とねだる。

「いいですよ、何が良いですか?」

素直に『Yes』が出た自分の気持ちに驚きつつもにリクエストを求める。

「んーと...星に願いを?」

首を傾げて言う。

「はい」と言って颯斗は流れるような旋律を奏で始める。

目を閉じて聞いていたはその曲が終わると忙しなく拍手をした。

「上手だ!」

「ふふふ」

「ねえ、ジャズも弾けるの?」

期待に満ちた瞳でが問う。

「ジャズ、ですか...あまり馴染みはないですけど、特徴が分かってますから..たぶんいけると思いますよ」

「凄い!じゃあ、いつかお姉ちゃんとセッションして?」

「夏凛さんはジャズなんですか?」

聞かれては「うーん」と唸った。

「クラシックもやってたと思うけど。わたしの幼い頃の記憶を頑張って引き出してみるとたぶん、ジャズだったかな?」

そういえば、随分と年が離れていたなと今更ながら颯斗は思った。

「...夏凛さんとは、昔から仲が良かったんですか?」

颯斗の問いに「うーん」とが首を傾げる。

「ほら、年が離れすぎててね。お姉ちゃんは高校から家を出たし、大学も外だったから...わたしが生まれて7年間でおねえちゃんとどれくらい顔を合わせてたんだろう?」

夏休みや冬休み、春休みも忙しそうだった気がする。

両親が亡くなってからも、やっぱり家に帰ってこなかった。

だから、逆に今あんなに可愛がってもらえる理由が見つからないのだ。


「ね、わたしも1曲弾けるんだよ」

が言う。

「では、聴かせてください」と言って颯斗が席を譲る。

が弾いたのはキラキラ星だった。本人が言ってる通りリズムが微妙におかしいが、まあ、それだと分かる程度に押さえられている。

「これ、モーツァルトなんでしょう?」と言う。

「よくご存知ですね」

「お姉ちゃんね、星に全く興味ないんだって。覚えられてないって。けど、わたしとお兄ちゃんが星の話をしてるのは面白くないからって教えてくれたの。『あたしだって星を教えられるのよ』ってお兄ちゃんに自慢してた」

が笑う。その光景が目に浮かんだ颯斗も笑った。

凄くどうでも良いことで張り合うの姉たち。

さんの家はきょうだいが仲が良いですよね」

少し寂しげに颯斗が言う。

「両親が亡くなってかららしいけどね。春姉ちゃんが言ってた」

『春姉ちゃん』とは誰だろうとちょっと考えたが、元理事長が『琥春』と名乗ったのを思い出す。あの人のことだろう。

「そうだったんですか」

「うん...お姉ちゃん本当は音楽の道に行きたかったんだと思う。高校も大学も音楽校だったから」

初めて聞いた話に颯斗は驚く。

「そうなんですか?!」

「あんなど田舎にいたら、音楽の道に進めないでしょう?だから、高校から結構有名な音楽校に行ってて。大学も音楽大学。推薦じゃなくて、受験で行ったんだって。わたしがいなかったら学校は通い続けてたと思う」

少し俯いてが言う。自分のせいで姉の夢が潰えた。


突然の顔を挟むようににょきっと腕が伸びてきた。

顔を上げるを間近に颯斗の顔があった。を後ろから抱くように腕を伸ばし、その指は鍵盤を叩く。

軽快なリズムの曲。

最近人気のある歌手の歌っている曲のメロディだ。

以前生徒会室で月子に「結構好きだな、あれ」と話をした曲だ。

「凄い、楽譜がないのに」

が声を上げると

「以前、生徒会室でさんが好きと仰ってたので聞いてみたことがあるんです」

何でもないことのように颯斗が返す。

その間も手が止まらない。にとっては物凄く至難の業を難なく颯斗は目の前でこなしている。

「凄い...」

もう一度呟いた。

「ねえ、颯斗くんって自分で曲が作れるの?」

「え?ええ..まあ」

曖昧に頷くと「すごい!」とが喜ぶ。

その笑顔に笑みを返した颯斗は「ありがとうございます」と応えた。









桜風
11.11.25


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