Kaleidoscope 72





「おーし、青空。便所行くぞ」

生徒会長選挙が終わった翌日、突然犬飼に肩を組まれてそういわれた。

「はい?!」

「いってらっしゃーい」

いつもどおり振舞っているだが、やはりいつもどおりではない。

何とかしたいと思って彼女の傍に居たのに。


「どうしたんですか、犬飼君。トイレくらいならひとりで行ってください」

廊下を歩きながら小声で颯斗が抗議する。

「んー、あのな。お前か。周辺を嗅ぎ回られてるかもしれないぞ」

何でもないことのように犬飼が言う。

「はい?」

「今朝、知らないオッサンに声をかけられた。よくもまあ、敷地内に入れたなってのもあるけど。青空颯斗とについて聞かれた。それぞれ別件なのか、お前ら2人のことかは知らないけど」

「誰にですか?」

「だから、知らないオッサン」

嫌な予感が頭を過ぎる。

「ありがとうございます、犬飼君」

と青空だったらどっちに知らせるべきかなーって悩んだんだけど。何か、ちょっと前からの様子おかしいし。逆にお前何か吹っ切れたみたいだからさ」

そう言って犬飼は回れ右をした。

「んじゃ、俺はもう手を出さないからなー」

「...僕はトイレには行かなきゃいけないんでしょうか」

置いていかれた颯斗は呟き、とりあえず、遠回りをして教室に戻った。


校内の事だから、と昼休憩に保健室に向かった。

「星月先生、いらっしゃいますか?」

「どうした、青空」

丁度彼は一人だったらしく、先ほど犬飼から聞いた話をした。

「何者だ?」

「分かりません。あと、夏凛さんのことなんですけど」

そう言って動画のことを話する。

「俺はそういうの全くダメなんだが、誰でも見れるのか?」

「はい」と颯斗が頷く。

「夏姉に一応連絡入れておこう」

もしかしたら職場の広報がそういうことを知らずにやっているのかもしれないし。

「夏姉のこと以外、心当たりはないか?」

「今のところは」

颯斗の言葉に頷き、「わかった。ありがとう」と琥太郎は言い、ひとまず颯斗は保健室を後にした。

一樹に相談しておこうかと思ったが、卒業間近の一樹に余計なことを背負わせるわけにはいかないと思って颯斗はこのことを自分の心に仕舞った。


放課後、颯斗は引継ぎを途中で抜けて音楽室へと向かう。

音楽部の公演会の練習のためだ。

ピアノを弾いていてもどうも指が走らない。

「やはり、練習が足りないですね...」

呟き、自分の指を眺めた。

そおっと音楽室のドアが開いた。

さん?」

「ピアノの音が聞こえたから」

先ほど彼女は保健係の仕事で生徒会室に来ていなかった。

今仕事が終わって上がってきたところなのかもしれない。

「お邪魔しても良い?」

「ええ、どうぞ。さん、ここに」

そう言って颯斗は自分の隣を叩いた。

「邪魔にならない?」

「大丈夫です。どうぞ」

そう言われてはちょこんと座る。

驚いたことに、が傍に居ると指が良く走る。

「颯斗くんの音は好きだな」

「そうですか?」

「うん、優しい。この間聞かせてもらったときよりも優しくなってる。って、ゲージュツ方面に全く明るくないわたしに言われても嬉しくないかもだけど」

少し恥ずかしそうにが言う。

「いいえ、とても嬉しいですよ」

演奏しながら颯斗は応える。

不思議だな、と思った。

が傍に居るだけでこんなにも色々と軽くなるのだ。

「白銀先輩の言うこともあながち間違っていませんね」

ポツリと呟く。

彼はのことを『女神ちゃん』と呼ぶ。

少なくとも、は自分にとって幸運の女神、若しくは勝利の女神なのかもしれない。

彼女と居れば強くなれるような気がする。

ふと、視界に入ったはこくりと舟を漕いでいる。

を起こさないように、颯斗のピアノの音は先ほどよりも更に優しいものと鳴った。









桜風
12.3.30


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