| あれから全く良い演奏が出来なかった。 それはそうだ。何せ、が傍に居ない。 自分の傍に居たらは変なことに巻き込んでしまうと思って拒絶しているのだが、たまに見せる泣きそうな彼女の表情に胸が痛む。 「どうして僕は...」 ぴたりと演奏をやめてピアノの鍵盤の蓋を下ろす。今日はもうやめよう。 ピアノを心から楽しいと再び思ったのに、今は楽しいと思えない。 「凄いね、颯斗くん」 嬉しそうに言う彼女の声。 もっと喜んでもらいたいと思うと更に良い演奏が出来る。 それなのに... あの日、姉に演奏会の話をした。 すると、彼女は演奏会にやってくると言った。そのときの演奏次第では、ピアニストの道が開くかもしれないといわれた。 音楽は自分にとって一番で、それは今でも変わらない。 けれど、どうしてだろう。ピアニストへの道が開けるといわれてもちっとも嬉しくなかった。 所詮、自分は親にとって道具だ。彼女の言う『ピアニストへの道』は親にとって『道具として価値がある』と認定されることを意味する。 幼い頃はそれに憧れていた。 自分が必要とされたかったから。 しかし、今は自分を必要としてくれる人がいる。場所がある。そして、自分が必要としている人がいる。 そこまで考えて颯斗は首を横に振った。 開けていた窓を閉めるために窓際に歩いていくと見たことのある人が居た。 今、この学園の近くには来てほしくなかったと思ったがそれは自分の事情で彼女に訴えても「はっ!」と鼻で笑ってお終いなのだろう。 溜息をついて颯斗は窓を閉めてカーテンを引き、音楽室を後にした。 「ー!」 理事長の仕事があるから、と琥太郎に呼び出されていたので保健係の仕事として保健室の留守を預かっていたら、ドアをガラッと開けて姉が飛び込んできた。 「お、お姉ちゃん?!」 「会いたかったー。正月に郁に会ったんだけど、相変わらず生意気ね!」 笑いながら夏凛が言う。 ああ、また何かしらのお仕置きされたんだ... なんとも学習能力がない郁である。 「そうそう。それでね、郁から聞いたんだけど。青空からヘアピンもらったんだって?見せて?」 の表情が曇った。 あ、まずい...良く分からないが地雷だ。 「壊れちゃったの」 「そ..そっか。あー、生徒会の皆は元気?寧ろ、つっこちゃんオンリー、元気?」 「つっこちゃん、元気だよ」 「じゃあ、えーと。ほら、他のヤロー共は?不知火は、引退でしょう?後任って誰?」 「颯斗くん」 沈んだ面持ちが更に沈む。目に涙が溜まっている。 絶好調に地雷を踏んでいる。大丈夫か、自分?! 夏凛は相当慌てた。 「あ、えーと。今日、の部屋に泊めてね。琥太の許可はもらってるから」 「わかった」とは頷き、天井を見上げた。 「何があったの?」とは聞けない。 聞けないが、おそらく元凶は青空颯斗。間違いない。 しかし、原因は聞きだしたい。 はて、どうしたものか... 珍しく途方にくれた夏凛は窓の外を眺めた。 今晩は快晴らしい。 「お姉ちゃん」 涙声で呼ばれて「なに?!」と慌てた。 「わたし、颯斗くんに嫌われちゃった...」 ...どうやって? 出そうになった言葉を飲む。 あれだけ好意を寄せている男子に嫌われるってどうやったら良いの?! 他の人はどうか分からないが、夏凛にしてみればバレバレで、どうやって邪魔をしてやろうかと考えていたと言うのに... ちなみに、正月の星月家で琥太郎にその話をしたら「大人気ないだろう、それは」と心底呆れた声で返された。 泣くのを我慢しているを抱き寄せ「泣いちゃえ」と言うと大人しく泣き始めた。 幼い頃は泣き虫で、いつの間にか泣かなくなった。 おそらく、泣けなくなったのだろう。 こうやって素直に涙を流すことができるようになったのは良い事だが、その原因が他人であることに多少の嫉妬を覚える。 いつも目に涙を溜めて泣くのを我慢するのに、その我慢が出来ないくらい悲しいのだろうか。 暫くして戻ってきた琥太郎はの表情を見て驚き、夏凛に視線で説明を求めた。 肩を竦めて応える夏凛に溜息を吐き、「、ありがとう。今日はもう良いぞ」と言って帰るように勧めた。 |
桜風
12.4.13
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