| 何だか周囲が騒がしい気がした。 まあ、おそらく自分に関係の無いことだろうが... そう思っていると乱暴に自分の部屋のドアがノックされる。 鍵をかけていなかったのに気付いたのか、勝手に空けられた。 「青空!」 入ってきたのはの姉の夏凛だった。 「夏凛さん?」 迷惑な、と思って抗議をしようとすると彼女は颯斗の腕をグッと握って「来なさい」と部屋から連れ出す。 残念なことに、颯斗の腕力では彼女に敵わず、そのままずるずると引きずられていく形になった。 彼女は乙女座寮の屋上まで颯斗を引っ張っていき、そこでやっと手を離した。 「何なんですか」 不満そうに言う颯斗を夏凛が睨む。 「あの子はね、他人の感情に凄く敏感なの。絶妙な距離感を保って他人と接することが出来る」 突然始まった夏凛の演説。 彼女が『あの子』というのはだ。 「何の話ですか」 苛立たしげに颯斗が言う。 彼女は、もう関係ない。 「何でだと思う?」 颯斗の言葉は聞かないつもりらしい。 「さあ」と投げやりに返す。 「他人の中で育ったからよ」 思わず颯斗は夏凛を見た。 「あの子は、他人の中で育ったからよ。近付いて邪魔になったらダメだとか、かといって距離をとりすぎると嫌われるかもしれない。あの子は、そうやって人との距離を測りながら生きてきたの。 琥太も言ってた。凄く、いい距離を保てる、可愛そうな子だって」 誰も傷つけないように、自分だけ我慢すれば良いように。ずっとそうやってきた。 お陰で、彼女は同級生や先輩など学校で関わったどんな人にも嫌われなかった。その代わり親しくもなれなかった。 「だから、この学校で友達が出来たって話を聞いたとき驚いたのよね。来てみたらホントに『友達』が居るんだもの。ま、正直面白くなかったけど。そのことを琥太に話したら、あろうことか、あたしに説教くれたわ。生意気よね」 肩を竦めて彼女が言う。 「終いには『夏休みに泊りに来る』?ビックリして急遽休みを取ったくらいよ。あたしたちを心配させまいと嘘を吐いたんじゃないかって思ったもの」 もし嘘だったら姿を見せずにそっと帰ろうと思ったらしい。 「で?何だってあんたはを泣かせたの」 彼女が泣いたということを聞いて颯斗の胸はギュッと締め付けられる。 自分も彼女の涙を見た。守りたいと思ったのに、傷つけた自分が許せなくて益々彼女から距離をとった。 一樹に「何かあったのか」と聞かれたが「何でもありません」と返した。 颯斗の言葉に一樹は何か言いたげな表情をしたが「そうか」と返して何も言わなかった。とても有難かった。 「僕には..音楽関係の仕事をしている家族が居ます」 「で?」 「姉が、この間あなたの存在を知りました。クリスマスの演奏会の映像を見たそうです」 「うん。ああ、もしかして青空風音ってアンタのお姉ちゃん?」 「はい...貴女を巻き込みたくない。貴女というか、さんですけど。きっと嫌な思いをすることになる」 少なくとも、は音楽に関しての才能は正直言って全くない。青空は音楽の才能に価値を見出す家で、彼女の感性とは対照的なものだ。 「もしかして。あたしが、音楽界に連れ込まれるとかそんなことを思ってたの?音楽から離れて久しいってのに??」 夏凛が問うと颯斗はコクリと頷いた。 音楽から離れて久しいのにあの音で演奏なのだ。また引きずり込めばまだ間に合う。価値がある。そう思われてもおかしくないくらいの演奏を彼女はつい最近披露した。 颯斗が頷いた直後、物凄い衝撃を脳天に受ける。 「舐めんな!あんたみたいな小僧に守ってもらわなきゃいけない夏凛さんじゃないのよ!!あと、アンタのは『守る』じゃなくて、『逃げる』だからね!!勘違いしてるんじゃないわよ」 颯斗は目を丸くして夏凛を見ろした。 こんな、他人に容赦なく拳骨を落とせる人って居るんだ... 「ま、を泣かしたことはこれで勘弁してあげる。んで、もし、を誰よりも大切にするって約束できるなら、アンタもついでにこの夏凛さんが守ってあげる。 さあ、ラストチャンスよ、青空颯斗。この近辺で星を見るなら、って場所。あたしには良くわかんないけど、あんたなら分かるんじゃない?」 夏凛がそう言うと颯斗はさっと表情を変えて駆け出した。 「あー、つまんない。取られちゃったー...」 空を見上げる。 青白いあの輝きは..シリウスとかいったか。 また星好きの身内が増えるのか... 苦笑した。 ただ、彼は芸術的なセンスはありそうだ。 そこだけは、期待しよう。もう変なものを見て打ちひしがれるのは嫌だから。 夏凛はポケットから携帯を取り出してダイヤルした。 コートのポケットに入れている携帯が振動した。 取り出してディスプレイに表示されている人物の名前に苦笑して通話ボタンを押す。 「はい」 『とられちゃったー。つまんなーい!』 相手の言葉に彼は苦笑した。 「ま、遅かれ早かれの妹離れだろう?」 『なまいきー!今日は琥太の部屋に泊まるから』 「は?!」 『きーめた!そうする。異論反論は一切聞きません』 そう言って彼女が電話を切る。 「はあ」と溜息を漏らした琥太郎は携帯をポケットに再び仕舞った。 暫くすると階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。 「意外に早かったな」 屋上庭園のドアを開けた彼に声を掛ける。 「星月先生...」 目を丸くした颯斗は呆然と呟いた。 「さすがに、をこんな時間にひとりでここに放置するわけにはいかないだろう? あと10分もすれば宿直の先生が見回りに来るはずだから、それまでにちゃんとしろよ。あと、部屋に帰ったらちゃんと頭を冷やせ。たぶん、タンコブが出来てるはずだからな、夏姉の拳骨はかなり痛いもんな」 笑いながらそう言ってを見守っていた琥太郎は校舎の中へと消えていった。 颯斗は閉まったドアに一礼をし、深呼吸をひとつして足を進めた。 |
桜風
12.4.27
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