Kaleidoscope 78






翌朝、が寮から出ると颯斗が立っていた。

「颯斗くん」

「おはようございます」

駆け寄ってきたに笑顔を見せて颯斗は手を差し出す。

昨日は夜だったし、嬉しかったから簡単に重ねることが出来た手だが、は俯いてもじもじしている。

「おはよー、!」

後ろから抱きしめられて「わ!」とは声を上げた。

を抱きしめたのは夏凛で颯斗を睨みつけている。

「おはようございます、夏凛さん」

笑顔で言われて夏凛はを自分の後ろに隠した。

「チャンスはくれてやったけど、をあげたつもりは無いからね!」

さんはモノではありませんよ、夏凛お姉さん」

「青空、それくらいにしておけ。夏姉、が遅れる」

欠伸をかみ殺して琥太郎が言う。

「琥太、誰の味方なのよ!」

「生徒が遅刻しそうなのに、放っておく教師が何処にいるんだよ。、行きなさい」

琥太郎に言われて「はい」とは頷いて「いってきます」と夏凛に声をかけて颯斗の隣に並んで「行こう」と声をかけた。

「はい。では、行ってきます。そうだ、夏凛さん。明後日、学校で音楽部の演奏会があるんです。時間があるようでしたら、見てください」

そう言った颯斗はと並んで学校に向かっていった。

「夏姉、いい機会だから妹離れしろよ」

「うるさい!」

そう言って夏凛は琥太郎に背を向けた。

「帰るのか?」

が学校に行ってる間暇でしょう?街まで出るの」

拗ねたように言う夏凛に琥太郎は「しょうがないな」と苦笑して予鈴が鳴り始めた校舎に向かって歩き出す。


「とーちゃん、これで安心して卒業できるぞ」

ガシガシと一樹がの頭をなでながらそういったのはその日の放課後だった。

はされるがまま、乱暴に頭をなでられる。

「一樹会長、そろそろにさんにちょっかいを出すのをやめてくださいね」

笑顔で言う颯斗に一樹は苦笑した。

「お前、これから苦労するぞー」

こそっとに囁く。

は笑顔で頷いた。その笑顔を見て一樹は一瞬呆気に取られ、やがて苦笑した。

「ま、お前が笑うようになったんだ。良いことだよ。月子や翼も心配してたしな」

そう言って颯斗に生徒会会長の仕事の引継ぎをする。

こうして身の回りを整理している一樹の姿を見ては他の生徒会メンバーは落ち込む。

そんなときは一樹はに助けを求めるような視線を向けていた。だが、今の颯斗は一樹の卒業を前向きに受けとめているようだ。

それはそれで寂しいようだが、それは贅沢というものである。

颯斗は2年、一樹の背中を見てきた。一緒に活動をしているからそこまで引継ぎに時間は掛からないだろうと思う。

は自分の仕事をしながら引継ぎが終わるのを待った。

前副会長は颯斗だから、「一緒に仕事をしながら教えます」と言われているので、今は特に役職が決まっていない仕事を片付ける。誰がやってもいいものだが、誰かがやらなくてはならない。



音楽部の演奏会まで夏凛は何とか留まることができた。その後は色々と付けが回ってくるが、まあ仕方ない。

「久しぶり」

夏凛は会場内で姿を見かけた男に声を掛けた。

「こちらに戻ってきたんですか?」

彼の言う『こちら』は音楽の世界のことだろう。

「残念。というか、アンタの妹が色々やらかしてくれたお陰でウチの妹が泣くことになったんだけど。どうしてくれるの?」

夏凛の言葉に彼は目を丸くした。

説明を聞いて「あの子だから仕方ない」と肩を竦める。

「悪いけど、颯斗に『このあたしが守ってあげる』って言った手前、好きにさせるわけには行かないんだけど」

夏凛の言葉に彼は苦笑し、「とりあえず本人の口から聞きたい言葉ですね」と言う。

「でしょうね。逃げ回る小物に大切な妹をやれるかってんだ」

夏凛の言葉に彼はまた笑う。

「非公式で良いのでいつかコンチェルトさせてくださいよ」

「やなこった。その前に颯斗とするって決めたもの」

クスクスと笑って言う夏凛に彼は苦笑した。

「颯斗に負けてしまいましたか...」

丁度颯斗の演奏が始まる。

優しい、繊細な音色だ。夏凛は目を細め、隣に立つ男も目を瞑って音に身を任せているようだ。

颯斗の演奏が終わり、「じゃ、あたしは帰る」と夏凛が言う。

「颯斗や妹さんと話はしないんですか?」

「妹が彼氏と微笑みあってる姿、まだ見る気がしないの。邪魔したら馬に蹴られるからそっちも気をつけてね」

「あ、もしあの子が夏凛さんに音楽のことで相談したらこれを渡してください。僕の連絡先です」

そう言って名刺を取り出す。

「...アンタが家族の裏切り者にならない?」

「あの音を聞いたら、認めざるを得ないでしょう。あとは、あの子の覚悟次第です」

「りょーかい」そう言って夏凛は会場を後にした。


「良い演奏だったわね」

演奏後、と話をしていたら姉の風音から声を掛けられた。

颯斗はの手を握る。少し震えているようで、はそれを握り返した。

颯斗は今、自分が何を大切に思っているかを姉に伝えた。

彼女はそれを許さないと言う。

アレだけの演奏が出来るなら、家に帰ってきても価値があると言う。

「僕にとって、一番大切な場所はここです。昔は、あなた達に認められたいと思っていました。けれど、今は僕を必要としてくれる人が居て、僕が必要としている人が傍に居ます」

そんな颯斗の言葉を認めないと言う風音の肩に手を置いたのは兄だった。

「颯斗、初めてお前の演奏を聞いた。良い音色だった」

兄に初めて名を呼ばれ、颯斗は目を丸くする。兄は自分の言葉を聞いて、認めてくれたのだ。

「風音、帰るぞ」

「お兄様?!」

「風音。夏凛はお前がどうこう出来る人じゃない。あの人の逆鱗に触れそうなところにいるんだ、お前は。引きなさい」

「姉のこと、知ってるんですか?」

「色んな意味で有名人だよ」

彼はの言葉に苦笑して返し、風音の背中を押してそこから去っていく。

「...お姉ちゃん、どんな有名人なんだろう」

の呟きに颯斗は思わず噴出し、そして自分の進みたい道を認めてくれた兄の背中に頭を下げた。









桜風
12.4.27


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