優しき灯 1





 師匠のコンサートツアーに同行する形で僕も長い間家を留守にした。

毎日電話やメールをしていたといっても、やっぱり彼女のぬくもりに勝るものはない。

しかし、日本への飛行機が悪天候のため欠航となり、結局家に帰れたのは予定よりも2日後だった。


「ただいま」

玄関を開けると彼女が「おかりなさい」と僕を出迎えてくれる。

彼女の顔を見るとホッとした。

それと同時に愛しさが溢れてきて、ただいまのキスはいつもより長くなる。

「颯斗くん」

名残惜しい中、唇を離せば彼女は困惑したように僕の名前を呼んだ。

「ただいま、さん」

「おかえり、颯斗くん」

挨拶をもう一度交わして軽く口付けを交わす。いつものただいまのあいさつ。

「疲れた?」

部屋についてきて彼女が問う。

「そうですね、それ以上にあなたに会えなかったのが辛かったですよ」

そう言ってまたキスをした。

何度しても足りない。

「ね、颯斗くん」

「何ですか?」

「あとで、お話聞いてくれる?」

「あなたの話なら何でもお聞きしますよ」

そう言うと彼女はホッとしたように笑った。


用意していてくれた食事を口にする。

どんな高級ホテルのレストランで口にする食事も、彼女の作ってくれたそれに叶うものはなく、僕はいつも最高級の食事を口にしているのだと思う。

「やはり、さんの作ってくれた料理がいちばんですね」

そう言うと彼女はいつも嬉しそうに笑う。

「ところで、お話とは何ですか?」

「もうちょっと、落ち着いてから...」

はにかんだように彼女が言った。

何だろう...

何か分からないが、彼女の様子がどこか浮き足立っていたので、きっと良い知らせなのだろうと思っていた。


彼女は大学を卒業して母校の星月学園に通っている。

今度は、司書として。

元々大きな図書室があったあの学園に、もうひとつ図書館を設立したらしい。そのため、司書を数人新たに採用することになったらしい。

もちろん、採用に当たってはきちんと試験を受けて合格した。縁故採用ではない。

だから、僕が休みでも平日は彼女は仕事だったり、またその逆もある。

それでも彼女は忙しい中、必ず食事を作ってくれる。

元々司書の仕事が早めに終わるといっても、疲れはあるのにも拘わらず食事の支度をしてくれる彼女の想いは素直に嬉しい。

幼い頃、僕は家族に愛されなかった。だから、幼い頃僕が受けられることができなかった愛情を彼女は今の僕に向けてくれている。

食事を終えて2人で片づけを済ませて先に僕がお風呂に入り、続いて彼女が入る。

彼女がお風呂を出ると僕が彼女の髪を乾かすためにドライヤーを当てる。

これは、僕の趣味でもある。

彼女が気持ち良さそうに目を瞑っているその表情が見たくて、そしてさらsらと流れる彼女の髪を触れたくて。

彼女の髪を乾かし終わったら、僕はハーブティを淹れる。

そこまでが殆ど家にいるときの日課になっていること。


「ところで、さん。いつお話いただけるのでしょうか?」

そわそわしているけど、やはり話しにくそうに彼女は話してくれない。

だから、僕は水を向けた。

「あのね、颯斗くん」

「はい」

「ビックリしてね」

「わかりました」

普通、何か話すときは「驚かないでね」というのだろうに、彼女は僕に驚いてほしいらしい。

彼女は一度深呼吸をして、

「赤ちゃんができたの」

と意を決したように言葉をつむいだ。

「...はい?」

今、彼女は何と言ったのだろうか...

「だから、えっと。ここにね、颯斗くんとわたしの子供がいる..の」

彼女は自分のお腹にそっと手を添えてそう告げた。

このとき、僕は彼女の変化に気付けなかった。僕は、自分のことで精一杯だった。

僕は、家族の愛されずに育った。そんな僕が家族..自分の子供をちゃんと愛すことができるのだろうか。

僕のような子供にならないだろうか。

ぐるぐると不安だけが胸の中で渦を巻く。

「あ、え..えっと...そうだ!颯斗くん。疲れてるでしょう?もう寝たらどうかな??」

「そう..ですね。そうします。おやすみなさい」

何とか挨拶だけして僕は寝室に向かう。

いつものおやすみのキスもすることなく、寝室に辿り着き。僕は現実から逃げるように眠りに落ちた。









桜風
14.11.28


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