| 帰国した日の晩、夜中に目が覚めた。 ふと視界に入るのは愛しい人の寝顔。 僕はこの表情を見ると世界でいちばん幸せなのだと感じる。 昨晩、亮さんに言われた。 僕が良い旦那様過ぎるからとばっちりが来たじゃないか、と。 どういうことか分からずに詳しく聞くと、僕がさんを労わっているのが行き過ぎていて、夏凛さんがそこまでを亮さんに要求するようになった、と。 僕としては、まだ充分ではない気もするが、どうやらさんを甘やかしすぎていたようだ。 世間の意見では。 手を伸ばしてさんの頬を撫でる。 くすぐったそうに身をよじった。 「あ、」 そっと布団を抜け出す。 階段を上り下りするのはなるべく避けたほうが良いと思って、1階の和室に布団を敷いて寝るようにしている。 和室は、さんのご両親のお仏壇をおくことになるかもしれないと思って作ったのだが、「ありがとう。けど、には長男がいる。今はまだふらふらしてるけどね」と夏凛さんが断った。 あまり広くない部屋だったが、さんは畳の部屋が好きだったらしく、昼寝に使用しているところを見たことがある。 そして、今回。意外と和室は使い勝手が良いみたいだと思った。 「颯斗くん」 声がして振り返るとドアを開けてさんが顔を覗かせていた。 夜中布団を抜け出して僕が向かったのは、家の地下にあるピアノを設置している防音設備が整っているスタジオだった。 部屋の中の時計を見ると、いつも起きる時間。 「おはようございます」 「おはよう。眠れなかった?時差?」 「いいえ。音が溢れてきたので」 本当は練習をしなくてはいけない曲がある。 だが、この溢れる音を逃したくない。 「そう、無理はしないでね。朝ごはん、どうする?」 「あ、お腹すきました」 彼女の声を聞いて途端に空腹を覚える。 「じゃ、支度するね」 そう言ってドアを閉めて彼女はいなくなる。 地下室も階段の上り下りがある。 これは少しきつく言っておこう。何のために和室で寝るようにしたかわからない。 溢れてきた音はすべて書き留めることができた。 そして、練習も捗り、師匠のコンサートの日を迎えた。 車でさんを夏凛さんのお宅まで送って会場へと向かう。晴秋さんのところは郵送でチケットを送った。 届いた日に連絡があって、ちゃんと来てくださるといってくださったので安心だ。 <夏凛とは?> <来てくださいますよ> <それは楽しみだ> 師匠は不敵に笑った。 夏凛さんもだが、師匠はこの性格で柔らかい音を出す。2人とも軽い詐欺だと思う。 僕もリハーサルに参加した。 さんたちには言っていない、サプライズだ。 <子供はどうだい?> <順調のようです> <そりゃ安心だ。弟子を早く連れまわしたいからね> そんなことを言う師匠の照れ隠しが可笑しい。 控え室のドアがノックされた。 <来たかな?>と師匠が呟き、ドアが開く。 「な?!」 僕はこれ以上にないほど慌てた。 「何故、あなたが?!」 「無理矢理お願いしてみたんだ。意外とすんなり頷いてくださった」 彼はそう返して師匠に礼を言っている。 <師匠?!> <いいじゃないか。が喜ぶよ?> さんが喜ぶといわれれば僕はもう、文句が言えない。 「少し合わせようか、颯斗」 「...はい、隼風兄さん」 元々師匠と演奏する予定だった曲を、急遽兄さんと演奏することになった。 どうりで、さっきのリハで師匠はやる気の欠片も見せてくれなかったわけだ... |
桜風
15.1.2
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