| コンサートが終了し、お姉ちゃんの提案で楽屋に向かうことになった。 お義姉さんがなにやら凄く緊張しているようで、少し心配だ。体は大丈夫だろうか... 楽屋のある廊下に差し掛かると凄く賑わっていた。 「なに?」 「そりゃ、青空兄弟の演奏なんてこの先あるかないかの奇跡だもん」 お姉ちゃんが言う。 そういうものらしい。 <あー!私は疲れている。とりあえず、諸々は後日にしてくれないか?> お師匠さんの声が聞こえた。 記者たちは仕方ない、と言った風にわたしたちの横を通って去っていく。 お姉ちゃんはお兄ちゃんの影に隠れてやり過ごした。 「役に立つね、筋肉だるま」 「言う言葉はそれであってる?」 お兄ちゃんが抗議の声を上げたけど、お姉ちゃんはそれに取り合わず、さっさと歩き出した。 控え室をノックする。 「はい」と出てきたのは知らない顔の人だった。 「あら、お久しぶり」 お姉ちゃんが言う。 「あ!ああ!!」 声を上げたその人は慌てて部屋の中のお師匠さんに声をかけている。 <入っといで> <お邪魔様> そう言ってお姉ちゃんが入り、皆がぞろぞろと続く。 お師匠さんは、この団体の中で最も小さい子を見て手招きした。 「食べられないように気をつけて近付きな」 「お姉ちゃん!」 「うん!」 あ、うんって返事しちゃうんだ。 手招きされた姪はお菓子を貰ってご満悦だった。 「おかあさん。たくさんもらった!」 「よかったねー。おばさんにお礼を言った?」 「ううん。おばさん、ありがとう」 ...「おばさん」で良いの? <夏凛、今日のコンサートはどうだった?> <青空兄弟は面白かったけど、後々面倒だとは思わなかった?> <今、面白い方がいいじゃない?> からからと笑って彼女が言う。 <僕は面白くなかったです。ある意味悪目立ちですよ> 颯斗くんがそう訴えるが <目立ったもん勝ちよー。芸能界と一緒> とお師匠さんは笑っている。 「お久しぶりですね、夏凛さん」 「颯斗をいじめに来たの?10年くらい前の話は覚えているでしょうね?」 「覚えていますよ。私は、あなたに演奏を聞いてほしくて来たんですよ。どうですか?コンチェルト」 「却下。これで吹ける筈ないでしょう」 そう言って自分のお腹を撫でる。 「なので、回復したら」 「却下」 素気無く返すお姉ちゃんに隼風さんは苦笑して今度はわたしを見た。 「元気かな?」 「はい。お久しぶりです、隼風さん。お腹の子供達も元気です」 「...たち?」 隼風さんは首を傾げて颯斗くんを振り返った。 「私は聞いていないぞ?」 「言っていませんから」と颯斗くんはしれっと返す。 「さん。これ、私の携帯のアドレスだから。今度から君から色々と報告してくれるかな」 「隼風兄さん、僕のさんにメルアドとかやめてくださいねー」 颯斗くんが黒い笑みを湛えて言う。 あ、久しぶりに見た気がする。 そして、隼風さんはお義姉さんを見た。 「...どこかでお会いしましたか?」 「今度はオレの嫁か」 お兄ちゃんが苦笑する。 「いや、そういうんじゃ...」 「父親と会ってるでしょう。あんた、あの人の指揮でオケやってる」 「ああ!!」 隼風さんは凄く納得したように声を上げた。 どういうことなのか聞きたくて颯斗くんのそばに寄った。 すると「ああ、さん」と抱きしめられてしまった。 「颯斗!」 「疲れを回復してるんです」 颯斗くんが開き直ってる。これは離してもらえない。 「ねえ、颯斗くん」 「はい、何ですか?」 「お義姉さんのお父さんって有名な人なの?」 「ええ、日本を代表する指揮者ですよ。僕はまだ指揮していただいたことはありませんけど」 「姉ちゃん、知らないうちにの周りが音楽関係者で固まりつつあるぞ」 お兄ちゃんが呆れながら言う。 ちなみに、お兄ちゃんは結婚を許してほしいと話をしに行ったときに「夏凛を戻せば、いくらでも許してやる」と言われて、これはかぐや姫の要求と同じだと察して説得を諦めたと後で教えてくれた。 そして、お義姉さんのお父さんが結婚を許してくれたのはお姉ちゃんが出向いて「あたしを引き合いに出すのは筋違いでしょう?!」と話を付けたからだと、この数年後に聞くことになる。 <あの、凄く憧れていました!> 真っ赤になってお義姉さんがいう。 お師匠さんに向かって。 <あっはっはー!私、モテモテじゃないか> <良かったねー> とお姉ちゃん。 <何か楽器をしてたのかい?> <ヴァイオリンを...> <ほう?じゃあ、それが落ち着いたら颯斗の練習相手になってくれないかね。周りに友達がいないんだ> 「友達どうこうはともかく。気が向いたら声をかけてください」 颯斗くんが言う。 「そんな、私の場合齧っただけで...」 「20年も齧ればいい加減飲み込めるでしょう」 お姉ちゃんがからかう。 その後、この面子で食事をして帰宅した。 途中、姪っ子がうつらうつらしていたのは気になったけど、お姉ちゃんが全く気にしていなかったから、わたしが気にしても仕方ないんだな、と思って気にしないことにした。 家に帰ってソファに座る。 颯斗くんが淹れてくれたノンカフェインの紅茶をのむとホッとする。 「今日、良かったね」 そう声をかけると颯斗くんは複雑な表情を浮かべた。 「ありがとうございます。けど、もう少し事前に教えてもらえても良かったと思いました」 「え、いつ聞いたの?」 「今日です」 「...それは、確かに困ったね」 「そうです」と颯斗くんが深く頷いた。 「ねえ颯斗くん」 カップをテーブルに置いて彼の名を呼ぶ。 「はい」と返事をした颯斗くんもカップをテーブルに置いた。 わたしは彼の手をとって、自分のお腹に当てる。 「今日も颯斗くんの演奏は素敵だったねー」 お腹の中の子供たちに言うと、お腹をポコポコ蹴られた。 「あの、今...」 颯斗くんが呆然とわたしを見る。 「うん、最近は凄いんだから」 と笑うと颯斗くんは泣きそうな表情を浮かべた。 「颯斗くんのピアノが好きなのは、わたしと一緒なの」 「命、なんですね」 「命だよ。そして、もう感情があるの。凄いね」 「...はい」 颯斗くんはそのままわたしのお腹に耳を当てる。 「颯斗くん」 「はい」 「何か聞こえる?」 「聞こえる気がします。命が育まれている音が」 「...この子達の音感は颯斗くんに掛かってるから」 わたしが言うと颯斗くんはゆっくりこちらを見た。 「はい」 笑顔で頷く。 これで一安心。 |
桜風
15.1.16
ブラウザバックでお戻りください