| お義姉さんの出産があり、夏凛さんが続く。 初産のお義姉さんが相当大変だった。 だから、今更..という言い方は彼女に失礼だとは思うけど、緊張してきたらしい。 「さん、大丈夫ですよ」 いつも励ましてもらっていたのでそのお返しができるのが嬉しい。 リラックスできるように毎日彼女のためにピアノを弾く。 聴いている間は、凄く安心したような表情をしてくれるのだが、やはりそれは一時的なもので、僕はだんだん不安になる。 さんがこんなに不安がっていて、お腹の子供達にいい筈がない。 けれども、それを引き合いに出してしまえば、彼女はもう弱音を吐かないという選択をする。 それは益々良くない。 ふと、思い出す。 「さん」 リビングのソファに座って呼ぶ。 「なに?」 やってきた彼女に僕の膝をポンポンと叩く。 「ん?」 首を傾げる彼女がもどかしくて、僕は一度立ち上がり、彼女を引き寄せて僕の膝の上に座らせた。 「重いでしょう」 「いいえ、これは家族の重みです」 そう言って彼女を抱きしめた。 「あ、」と彼女は呟きそのまま瞳を閉じる。 僕の心臓の鼓動。 彼女は心臓の鼓動を聞くと落ち着くと良く言っていた。 「どうですか?」 「落ち着くよ。ありがとう」 その日の夜中に目を覚ますと彼女の姿が見えない。 「さん?」 体を起こして部屋の中を見る。 6畳間の和室に彼女の姿がない。 慌てて布団を出て部屋を出た。 「さん!」 どうしよう。夜中に起きて倒れていたりしたら... リビングを覗いても彼女の姿はなく、まさか、と思って2階に上がった。 「さん!」 ドアが開いている部屋は寝室。 「何をしているんですか」 責めるような口調で言うと彼女は「ごめんなさい」と謝る。 「何をしているんですか?」 「荷造り」 「...荷造り?」 「うん、入院の」 そこまで言われて僕は首を傾げる。 「出産予定日は、まだひと月先ですよね?」 「うん。だけど、何か近いかも」 そんなことを言いながら入院の準備をしている。 「陣痛があるんですか?」 「ううん。ただ、声が聞こえた気がしたから」 「声、ですか?」 彼女をベッドに座らせて僕が準備をする。 「誰の声ですか?」 聞くと彼女は自分のお腹を撫でる。 「たぶん、この子たち」 まさか、と思った。 けれども、今、彼女は子供達と繋がっているのだから、おかしくないのかも知れない... 僕も少し気にしておいたほうがいいかもしれないと、このときは思った。 その2日後、僕はまだ心構えが出来ていないというのに、せっかちな双子は外に出たがるのだった。 仕事中に琥雪さんから電話があった。 さんの出産が始まったと言うのだ。 僕はまだ仕事が残っていて、でも、この状態では何も出来なくて。 事情を話すと行ってくるように言ってもらえた。 病院に着くと、夏凛さんと晴秋さんが居た。 琥雪さんは今食堂にいるのだとか。 「食堂、ですか?」 「お腹すいたんですって」 何か、凄く余裕があるな... 「そりゃ、自分で2人も産んでるじゃない」 なるほど、と思い夏凛さんを見ると彼女も落ち着いている。少し意外だった。 「なに?」 「あ、いえ。夏凛さんも落ち着いていらっしゃるので」 夏凛さんは、椅子に座って足を組んで、浮いている方の足を少しだけブラブラさせている。 「目の前であんな筋肉だるまがクマよろしくウロウロしてるのよ。落ち着きもするわよ。アキ、他所でウロウロしな。目障り」 「だって、姉ちゃん。、双子だぞ?」 「そうねー。あ、さっき帝王切開にするってドクターが言ってたから」 「帝王切開?!」 麻酔なしでお腹を切るのだ。 麻酔は胎児に良くないとはいえ、さんは大丈夫なのだろうか... 「こういうときのために、女は男よりも痛みに強く出来てるんじゃないの?あんたたち、毎月の生理痛を味わえ。人によっては、死んだ方がマシっていう痛みらしいからね。生理痛は陣痛と同じらしいよ、仕組みは」 夏凛さんの言葉に背筋が震えた。 たまに、さんが辛そうにしているから腰を擦ったりマッサージをしていたけど、それでは足りなかったのだろうか。 「ひと月早いから保育器かもね」 不意に夏凛さんが言う。 「元気だったら、何でもいいです」 思わず零れた言葉。 夏凛さんがあまり見せることのない優しい笑みを浮かべた。 「そこのクマよりちゃんと父親じゃない。時間があったら父親教室にも通ってるんでしょう?」 そんなことを言われて僕はうろたえる。 「ええ、良くご存知ですね」 「から旦那自慢されていますから?」 苦笑して夏凛さんが言う。 「あら、颯斗君」 振り返ると琥雪さんが居た。 「先ほどは、ありがとうございました」 「いいえー。お仕事はいいの?」 そう聞かれて「そういや、そうね」と夏凛さんが言う。 先ほどのやり取りを話すと「ふーん」と夏凛さんはあまり興味なさそうに相槌を打った。 「そうそう、颯斗君」 「はい」 「ちゃんからの伝言ね」 思わず背筋を伸ばす。 「はい」 「『いってきまーす』」 琥雪さんが手を振りながらそう言う。 「...はい?」 「手を振りながらそう言ったのよ。とりあえず、私が代わりに『いってらっしゃーい』って言っておいたから」 僕と琥雪さんのやり取りを見ていた夏凛さんが声を上げて笑う。 そして、それと同時に分娩室から泣き声が聞こえてきた。 「颯斗?!」 晴秋さんが僕を振り返る。 「ちゃんと、2つあります」 凄く似ている音。 けれど、同じではない。 ちゃんと2つある。 「、よくやった!ついでに颯斗、おめでとう」 ガッツポーズをして夏凛さんがさんを褒め、僕は適当に祝われた。 それでいい。 分娩室のドアが開くのを僕は静かに待った。 |
桜風
15.1.23
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