月光 14





颯斗には客間が用意されていた。さすがに気を遣うだろうという琥太郎の配慮だったが、それを見事に晴秋がぶち壊し、自分達と同様に琥太郎の部屋で雑魚寝を言い渡した。

逆らえるはずもない颯斗は彼の言葉に従った。



余談だが、食後に夏凛と晴秋は本当に腹筋とか腕立て伏せだとかトレーニングを行った。

夏凛が腕立て伏せをしていると琥雪が乗ってみた。

「ちょ、無理...」

そう言って夏凛が潰れた。

「琥雪さん、アキならたぶん大丈夫。あの筋肉だるま」

それを聞いた琥雪はいそいそと腕立て伏せをしている晴秋の背にちょこんと座った。

「バランス崩したら危ないから気をつけてね、ユキさん」

そう言いながら本当に腕立て伏せを続ける。

「お兄ちゃん、凄い...」

が思わず声を漏らし、晴秋が不幸にもそれに嫉妬したらしい夏凛に蹴っ飛ばされたのはそのすぐ後だ。

勿論、危険を察した琥雪はさっさと彼の背から降りていた。

笑いが絶えない暖かい家庭だと思った。

家族がひとつの部屋に集い、話をして過ごす。

自分が育った環境にはそんなものはなかった。少なくとも、自分には。



「そういえば...」

少し眠いのだが、周りが寝ない。寝てはならない雰囲気を醸し出している。

仕方ないので、颯斗は晴秋に話を振ることにした。

「晴秋さんは、何故生徒会長になられたんですか?」

「家に帰りたくなかったから」

スパッと返されて颯斗は言葉を失う。

「あの...」

「ちょい待て」

そう言って晴秋が颯斗の言葉を遮るとドアが開いた。

「おーい、そろそろ大人の時間だぞー」

「俺は眠い!」

琥太郎が訴えるが、そこは誰も拾う気がないらしく、夏凛が持ってきた酒の銘柄の確認をしている。

「ちょ、夏姉。これって...」

「幻の銘酒。郁みたいな若造がこれを飲めるなんて滅多にないんだよ?感謝しな!」

「何で墓に持っていかなかったんだよ」

晴秋の言葉に「あれだって相当でしょう?!」と夏凛が抗議した。

颯斗は酒の銘柄なんてさっぱり分からないので盛り上がる3人をじっと見ている。

「姉ちゃん、は?」
「夢の中」

夏凛の言葉を聞いて頷いた晴秋が颯斗に顔を向けた。

「で、だ。アレだ。帰るのはこの家で、家に帰ったら『わたしを好きになって』って目でまとわり着くチビが面倒だった。だから、家に帰らなくていい理由を作った。

生徒会活動は現実逃避のための道具。ろくな理由じゃないだろう?尊敬はしても見習うな」

そんな軽口を返して晴秋が品定めを終えて1本開ける。

「最初からそれ?!」と郁が声を上げ、「アンタの飲みの師匠知ってるけど、アレ規格外だからね?」と夏凛が呆れた口調で言う。

「でも、晴秋さんは今は...」

「今はオレが大人になっただけ」

そう言ってグビッと飲んだ。

「あ、そういえば。颯斗。あんた留学考えてんでしょう?」

何でもないことのように突然夏凛が言う。

「え、ええ...まあ......どうして」

「音楽やってるんだったら一度は憧れるでしょう。ついでに言えばあんたは『青空』だし」

「なに?副会長君の家ってそんなに有名なの?僕知らなかったな」

郁が興味を示すが夏凛は黙殺した。

「何処考えてる?アンタの音なら、ウィーンとかパリでしょうけど。ドイツは、違うな...まさか、ドイツ?!」

「いえ、夏凛さんの仰ったとおり、そのどちらかを考えていますけど。どうして?」

彼女も音楽をしていたので、もしかしたら留学をしたかったのかもしれない。

「ああ、昔の知り合いが煩いからさ。とっととスケープゴート差し出して静かに暮らしたいわけよ。年末のアレがあったから余計に」

肩を竦めて言う。

「けど、家と先に話をしなよ。あの世界にいるんだったら『青空』からは逃げ切れるもんじゃないからね。最悪、親と決裂しても奥の手、預かってるし」

「奥の手、ですか?」

「アンタのお兄さんから名刺もらってるから、親と話が決裂したらあげる」

夏凛はそう言ってウィンクした。

「うわ、キモイ」

「はーい、聞こえましたっと!」

晴秋の呟きが耳に入った夏凛はそのまま彼に関節技をかける。

「ギブギブ!姉ちゃん!!」

「はっはっは!このマンションは防音だからね!どんなに騒いでも助けは来ないよ」

そう言って一層締め付ける。

「あの..冬の演奏会のとき、兄は夏凛さんのことを知ってるような口ぶりでした。知り合いだったんですか?」

「昔から熱烈ラブコールされてるからね」

「は?!」

颯斗は思わず声を上げてしまった。

「勇者だねぇ」と郁が呟き、夏凛はにこりと微笑む。

半分落ちかけている晴秋を解放して今度は郁にゲンコツをお見舞いした。

「ラブコール、ですか」

「コンチェルトしたいんだって」

ああ、そういう意味...

「何ほっとしてんのよ」

半眼になって夏凛が指摘すると「いえ!」と颯斗は慌てた。

「まったく...」と盛大な溜息を吐いて先ほど座っていた場所に戻り、勢い良く酒を煽った。

カタン、と廊下から音がした。

ドアが開き、が入ってくる。

颯斗は話を聞かれたかと慌てたが、は迷わず晴秋の脚の上に頭を載せて寝息を立て始める。

「よっし」とガッツポーズする晴秋に「相変わらずだねー」と郁が苦笑した。

「あの、えっと...」

ちょっと面白くないんですけど、と思いながら郁を見ると「は、小さいときから夜中に寝ぼけてアキにぃのところで寝てるんだよ」と言う。

「嫌われたくない一心だったんだよ、たぶんな。それなのに...」

琥太郎はそう言って晴秋を見る。

「オレの黒歴史だ。忘れろ」

吐き捨てるように晴秋が言い、郁はケラケラ笑う。

「けど、この子はちゃんと分かってたと思うよ。あたしたちが向けてた感情」

夏凛が寂しげに呟いての髪を梳く。

「颯斗、を部屋に運んできな。1分で戻ってくること。いいね!」

「え?はい...」

そう返事をして颯斗はをそっと抱えて部屋を出て行く。

「何で1分?」

「部屋に戻り、ベッドに寝かせて布団をかける。何も出来ないでしょう?」

ふふん、と勝ち誇った表情をして言う夏凛に晴秋を始め男性陣は溜息を吐いた。

「姉ちゃん、キスするくらいには充分だよ」

「なに?!」

腰を浮かせようとした夏凛を晴秋が留めた。

「ちょっと!」

「自分の指揮にミスがあったんだ。認めないと」

「くっそ〜。男ってヤツは!!」

心から悔しそうにしている夏凛のいる部屋に颯斗が戻ってきた。

「あたしはと一緒に寝る!おやすみ!!」

「おい、散らかし放題だ...」

琥太郎が呻くが「安心しろ。オレと郁で片付ける」と言って酒盛りが始まった。

「青空、部屋で寝て良いぞ」

「ですが...」

本当に良いのだろうかと思ったが、琥太郎が手を振って追い出しているので、その言葉に甘えて「おやすみなさい」と部屋を後にした。









桜風
12.10.5


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