月光 39





試合は始まったが、相手が中々動いてこない。

仕方ないのでが仕掛ける。

相手の腹に蹴りを入れると鈍い音がした。

の顔が歪む。


「月子先輩」

脇で順番を待っていた譲が近くにいる月子に声をかけた。

「なに?」

「ぼくのバッグの中のタオル、水で冷やしてもらえますか?」

譲の言葉に首を傾げつつも「わかった」と月子は譲のバッグを開けてタオルを取り出して外に向かう。

それから間もなく相手の先鋒は倒れた。

道着の合わせから何かが落ちた。

「板?!」

周囲が騒然とする。

「次鋒、前へ」

周囲の非難の声を黙殺して審判が声をかける。

「あの、持って来たんだけど」と月子が戻ってきた。

「もうちょっと待っててくださいね」

「始め!」の合図と共に、が仕掛ける。

相手の出方を待つなんて悠長なことをしていられない。脚が痛い。

しかし、相手は自分の腹に打撃を受けたいようだ。つまり、先ほどと同じようなことをしているはず。

は気合を入れて相手の希望通りに腹に一撃を入れた。

鈍い音がしたと同時に相手が伸びる。

礼をして自陣へと戻った。

「お疲れ様です」

「分かりやすいことしてくれてた...」

表情を歪めながらは正座をしようとしたが「さすがに、脚を崩しても良いと思いますよ」と譲が声をかけて背後にいる月子に目配せをして「中堅、前へ」と言う声に応じ、中央へ向かう。

ちゃん、これ」と月子が濡らしたタオルを差し出してきた。

「どうしたの、これ」

「譲君が...」

「あらら。陽条くん、相当怒ってるね」

「普通怒るだろう...」

譲の座っていたスペースを空けて融が言う。

「けど、ここで陽条くんが勝ったら試合が終わるね、普通のルールなら」

そう言いながらは月子から渡された譲のタオルをありがたく使わせてもらうことにした。

裾を捲るとやっぱり血が出ている。このまま宛てても良いのかと悩んだが、今度新しいタオルを弁償すればいいやと思ってそのタオルを宛てた。

ひんやりとしていて気持ちが良い。

「なあ、姉。ルール、変更できないかな?」

「出来るんじゃない?1勝でもすれば向こうの負けをなしにするって言えば食いつくよ?大将は月見山弟なんだから、決めるのは自分だって陽条くんも言うと思うし」

月子は先ほどから不思議だった。

は此処最近譲のことは「陽条くん」と呼び、融のことは「月見山弟」と言う。

何故だろう...

そして、もうひとつ不思議だった。

の傍に颯斗が居ない。

ここに居ないかといえば、そうではない。道場の中に入る。

だが、距離を置いている。喧嘩をしているのだろうか...


余計なお世話とわかっていても、月子は壁際に立つ颯斗の元へと向かった。

さんの怪我の様子はどうでした?」

颯斗が問う。

「え?あ、うん。痛そうだったけど、本人はけろっとしてた。ねえ、颯斗君」

「何ですか?」

颯斗が月子を見下ろすと「それまで!」と審判の声が聞こえた。

一方的な試合だった。というか、が瞬殺派というなら、譲はなぶり殺し派のように思える。

いや、両者そんな物騒なことをしていないが、がとっとと決着を付けたいタイプに対して、譲はじわじわと追い詰めるタイプのようだ。

「試合、終わりましたね」

そう言って中央へ向かっていった。

月子は慌てて颯斗の後を追いかけた。

「3人に勝った生徒会が勝ちと言うことで良いですか?」

颯斗が声をかける。

空手部主将が俯いた。

「あの、颯斗会長」

融が手を上げる。嫌な予感がする。

「何ですか?」

知らず、声が冷たくなる。

「このまま続けさせてください」

「こちらが勝っているのに?」

その続ける意味は何だ、と問う。

「俺のけじめです」

まっすぐに颯斗を見てそう言った。彼の恋人であるにキスをしようとした後ろめたさから融は生徒会室に居ても颯斗の目を見られなかった。

だが、今、まっすぐに見ている。

颯斗は盛大に溜息を吐いた。

「では、空手部が一勝でもすれば負けはなし。勿論、3勝している生徒会も負けではない。ただし、空手部が一勝も出来なければそちらの負けで、部費の削減ですね」

さらっと颯斗が言う。

「はあ?!」と空手部が抗議の声をあげた。

「調べさせてもらいました」

そう言って颯斗は空手部の活動状況を口にする。部活動をしているなら大会に出なければならない。

だから、一応大会には出場しているが、普段の練習は殆どなく、部費を自分達が遊ぶために使い込んでいるという調査結果をその場で口にする。

「普段から活動をしている他の部活の経費もカツカツです。それなのに、活動をしていない空手部が遊ぶための予算を割くのは認めるわけにはいきません」

なるほど、とが唸る。颯斗が自分のやり方で事を収めるといったが、そういうデータを取って裏づけを行い、最後に理論で相手の反論を封じる。

あの破天荒な一樹でさえ、これには勝てなかった。

チラと主将の表情を見る。

「よし、乗った」

その言葉を聞いた途端、と譲、そして颯斗の口角が上がる。

「わかりました。では、続けてください」

そう言って譲と融を見る。

「目指すは全勝です」

そう言ってまた壁際に向かう。

このやり取りの間、颯斗はと一度も目を合わせなかった。









桜風
13.1.4


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