月光 60





パチンと携帯を閉じて夏凛は溜息を吐いた。

「ま、この展開はあるだろうと思ってたけど?」

少し大きめの独り言を口にしてダイヤルする。先日、妹を泊まらせてもらえないかとお願いした相手だ。

《もしもし?》

<久しぶり。この間お願いした、妹の件だけど...>

《私は振られたのねぇ...》

電話の向こうで愉快そうに言われた。

<申し訳ない。本当は、妹に彼氏に連絡してから行くようにって言ったんだけど...>

《あっはっはー。いいじゃない。サプライズ?可愛いわー。けど、困ったわ。たくさんディナーを作ってしまったの。泊まらなくても良いから、彼氏を連れてウチに来るようにいってくれない?勿体無いわ。久しぶりに賑やかにディナーを口にできると思っていたの》

そういわれて夏凛は彼女に謝罪し、をそちらに向かわせる約束をした。


携帯に着信があり、は通話ボタンを押す。

「もしもし」

『宿泊の件は了承してもらえたけど、夕飯を用意してくれてたみたい。たくさん作ったら、颯斗も一緒にあの家に行って。賑やかなディナーを楽しみにしてたみたいだし。それくらい、付き合う義務はあるでしょう、たちは』

少し強い口調で言われた。

「ごめんなさい」

『ま、面目を潰された今回は、1回目だし、目を瞑る。次はないわよ?』

そう言って夏凛が電話を切った。

確かにそうだ。

姉は無理を言って、こちらの知り合いに自分を宿泊させてくれるように頼んだのに、勝手に反故にした。

とても失礼なことをしてしまったのだ。

颯斗に話をすると、彼も確かに仁義に反している行為だと納得し、共に宿泊予定だった音楽家の家に向かうことにした。


姉に持たされたお土産を持って彼女の家に向かう。

地下鉄を乗り換えて、着いたごろには、星が瞬いていた。

「大きな家だねー...」

見上げてが呟く。

「そうですね」と応じる颯斗はその家の大きさにも納得していた。

チャイムを押すと人が出てきた。颯斗に緊張が走る。

<いらっしゃい>

<今日は、とても失礼なことをして申し訳ありませんでした。です>

たどたどしくが挨拶をする。

<青空颯斗です。本日はお招きに預かり、ありがとうございます>

颯斗が挨拶をすると彼女の表情が少し変わった。

しかし、それは一瞬のことで、<いいわよ。若いうちに素敵な恋をすることは、感性を磨くのに必須よ>と笑ってくれた。

「うわぁ...」

食卓を目にしたは思わず声を漏らす。

<さ、たくさん作ったの。たくさん食べてね>

彼女が言うとは颯斗を見た。

「たくさん食べてください、だそうです」

「颯斗くん、頑張ろう」

は笑った。

少し取り残される形となった家主の彼女は颯斗を見た。

<彼女、どうしたの?>

<おそらく、聞き取れなかったんだと思います。挨拶とお礼は、夏凛さんに教わって大丈夫だけど、あとは、聞き取りに自信がない、と先ほど言っていましたから>

<ねえ、ゆっくりなら聞き取れるかしら?>

声をかけられては頷いた。それくらいの速さなら、聞き取れる。

<じゃあ、今日はのんびり会話を楽しみましょう>

微笑んでそういわれては嬉しそうに頷いた。

食卓テーブルを囲んで話が弾む。

驚いたことに、この料理すべて、彼女が作ったと言う。

<夏凛が、自分の宝物を預けるって言うから>

そう言って笑う。

<重ね重ね、申し訳ありません...>

しょんぼりとしてが謝る。

そんなの姿を彼女は声を上げて笑った。

<いいのよ。こうして美味しそうに食べてくれているじゃない>

<凄くおいしいです!>

会話の弾む食卓。

やはり苦手だ...

颯斗は2人に気付かれないようにそっと溜息を吐いた。


が少し席を外しているとき、彼女がじっと颯斗を見た。

<『青空』なのね>

それが何を指す言葉か、颯斗は気付いて俯く。

<ねえ、何か弾いてみない?>

少し挑発するように彼女が言う。

<いえ。僕の音は、あなたの足元にも及びません。お耳汚しになります>

<それを判断するのは私よ>

少し強い口調で言われて颯斗は飲まれる。

が戻ってきた。

何だか空気が重いような気がする。

<ねえ、。あなたの彼氏にピアノを弾いてもらいたいって思っているの>

彼女が言う。

はパッと表情を輝かせた。

「颯斗くん、弾いてくれるの?」

にそういわれて断ることは出来ない。

「わかりました」と頷き、<僕の好きな曲で良いですか?>という。

<いいわよ、勿論。楽譜も大抵のものがあるし、何にするの?>

<...ベートーベンのピアノソナタ14番を>

<一応、楽譜出すわね>

いそいそと彼女がいなくなった。

「何を弾いてくれるの?」

が弾んだ声で問う。

「...月光です」

「えーと、ベートーベン」

「はい」と颯斗が頷くと「楽しみ!」とが笑う。

この笑顔には勝てないな...

颯斗は困ったように笑った。









桜風
13.3.15


ブラウザバックでお戻りください