月光 63





 夕方、颯斗がマンションに帰ると食欲を刺激する香りが部屋の中を漂っていた。

「おかえり」

「ただいま。ねえ、さん」

そう言って促す颯斗の瞳は期待に満ちていた。

は苦笑しておかえりなさいのキスをした。

颯斗がお返しにただいまのキスをする。

「凄いご馳走ですね。僕、お腹空いちゃいました」

そう言って颯斗は食卓に着く。

「ホント?良かった」

そう言って微笑むに颯斗は首を傾げる。

さん?」

「なあに?」

笑顔で颯斗の言葉に返事をするにやはり違和感があり

「何かありましたか?」

と問う。

「何か?うーん、何だろう。こっちで料理なんて初めてだから、緊張したし、それでちょっと疲れちゃったのかな?」

違う、と颯斗は直感で思った。

だが、ぞれなら何が原因かが思い当たらない。

颯斗は首を横に振る。

本当に気のせいかもしれない、と自分に言い聞かせて食事を楽しむことにした。


食後のデザートに颯斗は感動した。

手作りの誕生日ケーキ。

こんなもの、貰ったことがない。

「2人だから小さいのでって思ったんだけど。多いね」

苦笑してが言う。

「いいえ。僕、食べられますよ」

「本当?意外と良く食べるね」

笑ってが返す。

誕生日といえば、ケーキ。幼い頃、そのことで彼女は両親を亡くし、ある意味誕生日ケーキは彼女の悲しい記憶を思い起こすものではないのだろうかと心配になる。

さん」

ふと気遣う声音には苦笑した。

「でも、やっぱり誕生日といえば誕生日ケーキでしょう?それに、颯斗くんに食べてもらいたかったし」

そう言って彼女はローソクを立て始めた。

「19本は多いよね」

「ローソク、ですか?」

「うん。誕生日ケーキといえば、それでしょう?」

「やはり、気恥ずかしいものですね」

苦笑して颯斗が応じた。

結局2本立てて颯斗がローソクの火を吹き消す。

「誕生日おめでとう、颯斗くん。生まれてきてくれてありがとう」

が言うと颯斗は泣きそうに笑った。

ケーキを食べ終わり、颯斗がピアノに向かう。

さん、今日のお礼です。何でもリクエストしてください」

そういわれては嬉しくてリクエストをしようとしたが、言葉を飲んだ。

「えっと、課題曲とかの練習は良いの?」

良く分からないが、そういうのが出ているのではないだろうか。宿題。

「大丈夫ですよ。僕は、今、さんだけのピアニストです」

「じゃあ、1曲だけ」

そう言ってがリクエストをしたのは『Tears of the polestar』だった。

「はい」と頷いて颯斗が演奏する。

曲が終わり、颯斗はを振り返り「え?」と声を漏らした。

さん?」

慌てて彼女の元への足を向ける。

膝をついて彼女を見上げるように覗った。

「ごめん...」

「いえ。どうしたんですか?」

振り返った颯斗が見たのはの泣き顔だった。

「何だろう。どうしちゃったのかな...」

颯斗の旋律を聴いていたらたまらなく切なくなった。優しくて、繊細で。

気がついたら涙が溢れて止まらなくなっていたのだ。

颯斗は躊躇いがちにを抱きしめる。

「泣かないでください」

「うん、ちょっと待ってね」

「僕は、あなたの笑顔が好きなんです」

「ごめんね、せっかくの誕生日に」

「いいえ。ですが、どうすれば微笑んでくださいますか?」

颯斗が縋るように言う。

「ちょっとだけ、時間頂戴。颯斗くんがお風呂から出たら、きっともう大丈夫」

そういったの言葉に頷く。

ひとりにしてほしいということだろうと思ったのだ。

「では、僕は先にお風呂に入ってきますね」

「うん。ありがとう」

作られたの笑顔はやはりぎこちなかった。









桜風
13.3.29


ブラウザバックでお戻りください