| 颯斗が風呂を出るとは何事もなかったかのような振る舞いだった。 言ったとおり、颯斗が風呂から出ると笑顔になっている。 何の解決にもなっていないのは分かっているが、颯斗は安堵の息を吐いた。 も風呂に入り、その間に颯斗が洗い物を済ませておいた。 空が白んできている。 今日、が帰る。 勿体なくて眠ることをせずに颯斗はずっと隣で眠るの寝顔を見つめていた。 ――誕生日だから。 ただそれだけで、彼女は自分に会いに来てくれた。 「生まれてきてくれてありがとう」と言ってくれた。 自分が存在していても良いと態々日本から言いに来てくれたのだ。 「あなたは、何故泣いていたのですか?」 それなのに、昨晩彼女は涙を流した。 どうしてだろう。分からない。 分かろうと思っても、彼女の事が分からず不安になる。 愛されたことがない自分は、彼女をちゃんと愛しているのだろうか。間違っていないだろうか。 時々不安になる。 だが、そのたびに思い出すのは彼女の言葉。 「わたしは、颯斗くんが良い」 何度も言ってくれたその言葉に、いつも縋り、答え合わせをしない。 彼女に問うて間違いだった場合、自分はこれ以外を知らない。正解に辿り着く自信がないのだ。 ゆっくりとの瞼が上がる。 「おはようございます」 と颯斗はキスをした。 「...おはよう。今何時?」 枕元に置いているはずの携帯に手を伸ばす。 しかし、それは颯斗に阻まれた。 伸ばした手を掴まれて指先にキスされる。 「まだ日が昇り始めたばかりです。今日は、僕も午後からの授業ですので、お見送りが出来ます。もう少しゆっくりしましょう」 そういわれてはコクリと頷き、颯斗の胸に擦り寄った。 「颯斗くんは、心臓の音も優しいね。すごく、安心する」 トクントクンと規則正しい心音に安心感を覚える。 「あまり可愛いことを言わないでくださいね。飛行機に乗りそこなう可能性がありますよ」 颯斗が暗に示した行為には赤くなった。 「昨日もいっぱいしたじゃない」 と言いかけて、その抗議自体相当恥ずかしいものだと気付く。 は目の前の颯斗に抱きついた。 「さん?」 「颯斗くんを補充中」 そう呟く。 颯斗は少し驚き、を抱きしめ返す。 「では、僕も」 を空港まで送り届け、颯斗は再び独りの生活を送り始めた。 毎日に電話かメールをしていても、どこか物足りなさを感じていた。 当然だ。 電話やメールではあのぬくもりは感じられない。 それでも、彼女が「応援している」と言ってくれているのだから、頑張ろうと思う。 頑張りたいと思っている。 しかし、思いとは裏腹に結果は中々出ない。 ウィーンには、青空家の別宅がある。 時々顔を見せに行かなくてはならず、そのたびに颯斗は傷ついて自宅のマンションに帰っていた。 しかし、このウィーンには青空の家の名前で留学しているようなものであり、別宅に顔を出さなければならないならそれに従うほかにない。 「そういえば、先月誕生日だったのね」 顔を合わせた姉に言われて驚いた。 姉が誕生日を覚えているとは思っていなかったから。 しかし、ふと引っかかった。 『誕生日だったのね』ということは、他から気付かされたということではないのか。 この家族の中でそんな、出来の悪い自分のことが話題に上るはずがない。 「ああ、そうそう。最近、全然伸びてないじゃない。こっちに来たてのときは、もう少し伸びるかと思ってたけど。早くあの疫病神と別れちゃいなさいよ。誕生日ごときで態々日本からやってきて、あんたの邪魔をして。何を考えてるんだか」 彼女が誰を『疫病神』と称したか、颯斗は気付いた。 「さんは疫病神なんかじゃない!」 自分でも驚いた。 自分が最も苦手とするもの。それは、家族。 どうしても萎縮してしまう家族に対して、怒りを露にした。 「な、何よ!夏凛もあの役立たずのせいで栄光を掴み損ねたんじゃない。疫病神以外の何って言うのよ!!」 腹にどす黒いものが渦巻く。 ――これ以上ここにいてはダメだ。 これ以上ここにいたら、黒いものに染まってしまう。二度と、彼女に会えなくなるかもしれない。 「姉さん、さんに会ったんですか?」 帰ろうと思って、足を止めた。ふと思い当たる節がある。 「ええ、そうよ。だから、あんたは颯斗の重荷だって教えてあげたの。いい?あの子とあんたは住む世界が違うのよ。無理にこちらに留めておくのもあの子にとって時間の浪費じゃないのかしら?」 ふふん、と少し得意になって彼女が言う。 「何で、そんなことを...」 これでやっと合点がいった。 彼女が自分の誕生日に少し様子がおかしかった理由。 買い物途中で姉に会ってしまったのだ。 『青空』である限り、自分は彼女を傷つけてしまう。 颯斗はそのまま踵を返し、自宅マンションへと帰って行った。 |
桜風
13.3.29
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