| 颯斗のマンションへの道のりは覚えていたのですんなり行くことができた。 チャイムを押したが反応がない。 自分が来ていることを颯斗は知らないから、とりあえず不意打ちで顔を見ることはできると踏んでいたのだが... 「困ったな...」 まあ、マンションの部屋の前で座ってたら帰ってくる颯斗には会えるだろう。 そう思ってその場に蹲る。 <はあい> 声をかけられては顔を上げた。 <あ、>と呟いて慌てて立ち上がる。 <久しぶり、って程でもないかしら?> <あの、何で...> <夏凛が面白い話をしてくれたの。恋人と痴話喧嘩をするために、態々遠い日本からウィーンにやってくる可愛い子がいるって。それは是非とも、応援しなきゃって思うでしょう?> パチンとウィンクされては身じろぐ。 <けど、相手が今...> <そう。ならあそこにいるかもしれないわ。ついていらっしゃい> そう言って彼女は歩き出す。 は慌てて彼女のあとを追った。 「はぁ...」 あれからずっと後悔している。 後悔をするくらいならしなきゃ良いのに、と自嘲した。 に一方的な別れを告げた。 自分が『青空』である限り、彼女を傷つける。 それを自分がどうにか出来れば良いが、それほどの力はない。 だから、遠ざけることしか思いつかなかった。 「なに辛気臭い溜息なんて吐いてるのよ。あーあ。家の中がじめじめしちゃうじゃない」 不意に背後から姉に声をかけられてビクリと肩が震えた。 「すみません」 「あの疫病神、どうしたの?」 少し覗うように姉が言う。 「お別れしましたよ」 「賢明な判断ね。これで練習に身が入るんじゃない。ま、あんたの場合どれだけ練習しても足りないけどね」 「...そうですね」 睫を伏せて自嘲した。 家のチャイムが鳴る。 出たのは、父の弟子だった。 彼が慌てて家の中に戻ってくる。 「どうしたんでしょうか」 「さあ?」 颯斗の呟きに、姉が応じる。 <お邪魔するわよー> そう言って入ってきた女性の声は聞き覚えがある。 「颯斗くん!」 それに続いて入ってきた彼女の声に心臓が大きく跳ねた。 もう二度と聴けないはずの声。 「さん...」 「ちょっと、何を勝手に!!」 そういった風音をが睨みつける。 「わたしは颯斗くんに用事があるんです。どいてください」 キッパリと告げる彼女に一瞬怯んだ風音だったが、「また颯斗の邪魔をしに来たの?」と負けじと返す。 「それを決めるのはあなたではなく、颯斗くんです」 「何を言ってるの。あんたがいたから夏凛が音楽をやめたんでしょう?今度は颯斗を潰すつもり?」 「姉が、あなたにそう言いましたか?姉は、自分が音楽をやめたことを誰かのせいにしていましたか?」 震えそうになる声を抑えるように腹に力を込めてそう言った。 そんなことは、誰かに指摘されなくても知っている。 自分がお荷物だったって事くらい。 だが、お荷物であり続けるつもりはない。 「そんなの、言われなくたって気付くべきよ」 「言われなくてはそれがその人の本心かわからない。周りが勝手に解釈して騒ぎ立てても、それが真実とは限らない。 颯斗くん。わたしは、颯斗くんの『本当の言葉』を聴きに来たの」 「そんなの」 風音が何か口にしようとしたが「あなたには、聞いていない」とがきっぱり言う。 「颯斗くん、わたしはあなたと喧嘩をするために来たの」 が微笑んで彼の手を取る。 振りほどこうとして、それは出来なかった。 一度触れてしまえば、このぬくもりから逃れられない。 「ここだと、外野が五月蝿いから颯斗くんの家に帰ろう?」 が促すと「はい」と颯斗が力なく応じる。 「颯斗!」 <こらこら。人の恋路を邪魔するなんて、野暮なことはしてはだめよ> と颯斗を追いかけようと風音が足を踏み出したその前を遮るように、を連れてきた彼女が立ちはだかる。 <なぜ、あなたが...> <夏凛に頼まれたのよ。1回だけ、妹にチャンスをってね。だいぶ貸しを作ったから、いつ返してもらおうかとウキウキしているところよ> パチンと彼女がウィンクする。 <なんで...この世界から姿を消した夏凛が...> <あなたには音楽しかないのね。それは、少しだけ可哀想ね> 膝を吐いた風音の肩にそっと手を載せて彼女はそう呟いた。 |
桜風
13.4.5
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