| が颯斗の手を引いて歩く。颯斗のマンションまでやってきて、彼が鍵を開けた。 「...どうぞ」 「ありがとう。お邪魔します」 心臓の鼓動が痛いほど早くなってる。 ――喧嘩をしに来た。 しかし、喧嘩の仕方はあまり知らない。 拳で勝負、なら結構分かりやすいがそんなことをしに来たのではない。 部屋の中に入ったは良いが、はその先をどう切り出していいかが分からない。 「颯斗くん...!」 「まずは、落ち着きましょう。紅茶を淹れます。ソファに座っていてください」 そう言って颯斗がキッチンに向かい、はリビングのソファにちょこんと腰を下ろした。 暫くして颯斗が紅茶を持ってきて、それぞれのカップに注ぐ。 「どうぞ」と目の前に出されたカップから立っている白い湯気がゆらゆらと揺れていた。 「さん」 「はい!」 不意に声をかけられて返事をしたの声が裏返る。 クスリと颯斗が笑い、真顔になった。 「さん、僕はあなたに別れを告げたはずです」 「だけど、わたしはその言葉に頷いていない」 が返した言葉に意志の強さを感じて颯斗は思わず目を背けた。 「ねえ、颯斗くん。それはあなたの本心?あなたが、わたしを要らないと思ってそう言ったの?」 颯斗が思わずを見た。「違う」と言いかけて、「そうです」と頷く。 「やっぱり」 そう言っては溜息をつく。 やっと、彼女を解放することが出来る... 独りはもう慣れている。 だから、独りではない時間をくれた彼女との思い出は奇跡で、その奇跡に縋って残りの人生を過ごすことができる。 「会いに来てよかった」 は睫を伏せた。 「さん?」 「嘘だってちゃんと分かるもの」 「嘘じゃ、ないです」 「じゃあ、颯斗くんの言葉で言って。わたしを要らないって」 颯斗は言葉を紡ごうとして、出来なかった。 「僕は...」 ぽたりと涙が零れる。 暖かな腕が自分を抱きしめる。 その腕に手を添えて、颯斗は声を上げて泣いた。 その間、ずっとその腕は解かれることなく、颯斗の背を優しく擦り続けた。 「すみません」と颯斗が謝る。 泣き続けて、やっと先ほど涙が止まった。 「ね、颯斗くん。仲直りしよう?」 が言う。 「仲直り、ですか?」 「だって、わたしは喧嘩をしに来たの。喧嘩をしたら仲直りしなきゃ」 困ったように笑った。 どの辺が喧嘩なのか自分でも判断しづらいのだろう。 しかし、颯斗は「はい」と言ってに口付ける。 「ねえ、颯斗くん。別れたいって話したのってやっぱり、颯斗くんのお姉さんが関係しているの?」 さっきもなんか散々敵意を向けられた。 颯斗はコクリと頷いた。 「何を言われたか、教えてくれる?」 の言葉に颯斗はためらい、やがて話しだす。 聴き終わったはムッとした。 そして、目の前の颯斗の両頬をむにーんと引っ張った。 「何で真に受けちゃうんだろう...」 不満げにが呟き、颯斗の頬を引っ張る手を下ろした。 「わたし、ちゃんと言ってるつもりだったけど、まだ届いてなかったのかな?わたしは、颯斗くんが良い。忘れないで。颯斗くんと一緒にいる時間で、無駄だって思うことないよ」 そう言って、は俯いた。 「けど、その..わたしね。少しだけ思ってたの」 「何をですか?」 颯斗がに引っ張られていた頬を擦りながら問う。 「わたし、颯斗くんの役に立てないなって」 「どういうことですか?」 少し責めるような口調で颯斗が問い返した。 その気配を察しては更に俯く。 「わたし、芸術的センス、才能が皆無でしょう?だから、颯斗くんの力になれない。...一緒にいて良いのかな、と」 「さん」 責める颯斗の声音に、はそっと覗うように彼を見上げた。 颯斗に唇を奪われ、暫く啄ばむようにキスが繰り返される。 「僕も、さんが良いです。忘れないでください。どんなに音楽ができる方でも、あなたには敵いません。さんでなくては、いけないんです」 颯斗の言葉に、は笑顔で頷いた。 「今日は、どうされる予定でしたか?」 ホテルを取っているのだろうか。それとも、また夏凛の伝手でどこかの家に泊めてもらう約束をしていたのだろうか。 「颯斗くんに会えなかったら空港で一晩過ごそうかなって。明日の飛行機で帰らなきゃいけないし。一晩くらい何とかなるかなーって」 「何をバカなことを考えていたんですか!そんな危ない...!!」 本気で怒られて、はにへっと笑う。 「笑いごとではありません!」 「ごめんなさい」 謝るは笑顔で、颯斗は苦笑する。 「...けれど、その原因は僕にありますね。僕も、ごめんなさい」 もう一度仲直りのキスをした。 |
桜風
13.4.12
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