| 「あ、から」 携帯がメールの受信を知らせた。 開封するととにかく丸く収まった旨が書いてある。 「颯斗め...」 「嬉しそうに唸るんだね」 隣で寝ている人物にそういわれて夏凛は苦い顔をした。 「ちょっと、ごめん」 そう言って電話を始める。 《もしもし》 <お世話になったみたいで> 《あはは。面白いものを見せてもらったわよ》 カラカラと笑って彼女が言う。 <結局落ち着くところに落ち着いたんだから...> 溜息混じりに夏凛が言うと電話の向こうの彼女がまた笑う。 《ね、あの約束。良いんでしょう?》 <あたしは、どうでも良いから> そう返した夏凛に《素直じゃないわね》と彼女が笑う。 <本人は何て?> 《昨日追いかけていけるわけないじゃない。恋人同士の甘い時間を邪魔するほど野暮じゃないわ》 <...はいはい。『青空』は?> それを問うとまた彼女が声を上げて笑う。 《腰を抜かしてたわ。あんな出来損ないよりも、自分をってアピールしてきた。面白かったわー》 <風音の方でしょう。バカよねー。あんな面白みのない子があなたのお眼鏡にかなうはずがないでしょうに> 《そうよ。だから、彼が詰まんなかったら捨てるわ》 <お好きにどーぞ> 《あと、これは貸しでいいのよね》 <ええ、そうね。かなり大きいと見たわ> 溜息混じりに言うと 《そのとおり》 と返ってきた。 <...今のあたしに、あなたに返せるものは殆どないけど> 少し寂しそうに呟く夏凛に 《あなたの妹とその彼氏が返してくれれば充分よ》 と彼女が言った。 夏凛はグッと詰まる。 やがて盛大な溜息を吐き、 <じゃ、颯斗に期待するしかないじゃない> と零した。 彼女はまたしてもカラカラと笑う。 《じゃあね。また連絡頂戴》 <そっちも、日本に遊びに来るときがあったら連絡頂戴。休みが取れたら案内するわ> 夏凛の言葉に《ありがとう》と返した彼女が通話を切った。 「終わった?」 「...終わった、ありがとう」 「喧嘩をしに、海の向こうまで飛んでいくんだから。ちゃんだっけ?面白いねー」 からかう言葉に夏凛は半眼になった。 「今度のお正月は、僕も仲間に入れてくれるんでしょう?」 「...そうねー、どうしようかしら」 「晴秋に頼むから良いよ」 「可愛くない...!」 夏凛の言葉に彼は笑い、それに益々彼女は拗ねてしまった。 を空港で見送り、帰宅の途に着く。 そういえば、彼女にお礼を言わなくては... しかし、連絡先は知らない。家を訪ねて直接お礼を言いに行くべきだろう。 そんなことを思いながら、翌日学校へと向かった。 授業を受け、クラスメイトとランチをして放課後、師の元で練習をする。 <何かあったのかい?> 師にそういわれた。 <いえ、特には...> 彼はしきりに首を傾げている。 何か拙い演奏をしてしまったのだろうか... 不安になる。 すると、突然ドアが開いた。 驚いて振り返ると、今朝、お礼をどうしようと悩んでいた人物が居た。 <こんにちは>と声をかけられて<こんにちは>と挨拶を返す。 そして一昨日の礼を口にすると彼女は笑った。 <いいのよ、夏凛に貸しを作るいい機会だもの> そう言って真顔になる。 何だろうと颯斗が構えると <私、あなたを貰いに来たの> と言われた。 <はい?> きょとんと颯斗が返す。 <夏凛の許可及び、あなたの実家とも話がついてる> そう言って彼女は颯斗の師を見た。 <良いかしら?> <あなたが、何故?> <だって、この子。面白そうなんだもの> 彼女の答えに颯斗の師は天井を仰いだ。 <だが、彼は学生ですよ> <学校のないとき。長期休暇のときは弟子としてツアーに連れ回そうと思うの。あなたと私は同門だし、全く違う音楽にはならないはずよね。今のところ、そうだし> 彼女の言葉に颯斗の師は諦めたように溜息を吐いた。 <あ、あの...> 自分だけ置いてけぼりだ。 <と言うわけで、颯斗。あなたは今日から私の弟子よ。詰まんなくなったら捨てるから、覚悟してなさい> <え、えっと...> 凄いことだとは分かっている。彼女が師となる。それは、本当に中々巡ってこない幸運だ。 どう反応していいのか悩んでいると <ねえ、とどうやって出会ったの?あの子、本当は夏凛の妹じゃなくて幸運の女神じゃないの?> と言われた。 そう、彼女の弟子になりたいといっている音楽家は山のようにいて、それを彼女はとことん蹴っていると言う。 それなのに、頼み込んでもない自分が引き抜かれた。滅多にないチャンスだ。 颯斗はクスリと笑う。 そして、天を指差した。天井ではなく、その先にある空。 指差した先を彼女は見上げる。 <星座に導かれたんです> 颯斗の言葉に彼女は笑った。 <それなら、やっぱり幸運の女神なんじゃない。ところで、もう一度今ここでベートーベンのピアノソナタ14番を弾いてみて> 彼女に言われて颯斗は頷く。 弾き終わった颯斗は自身が驚いた。 指が驚くほど動いた。滑るように弾くことができた。 <合格> 彼女が言う。 えっ、と驚いた表情で颯斗が彼女を見ると彼女は笑った。 <ひと味足りなかった演奏が、しっかりしたじゃない。やっぱり、颯斗はあの子、を手放してはダメよ> パチンとウィンクされた。 <はい。もう二度と...> 頷いた颯斗は先日会った頼りなさは随分と薄れていた。その変化に気付いた彼女は目を細めて頷いた。 |
桜風
13.4.19
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