月光 72





 『クリスマスですが、どうしますか?』

街路樹の木々の葉が落ち、街が煌びやかになってきた。

「クリスマスかー。颯斗くんはどこか行きたい場所とかある?」

久々に日本に帰ってくるのだ。颯斗のリクエストを優先だろう。

そう思ったのだが、『さんが隣にいてくだされば、何処でも良いですよ』と返された。

少し悩んだは「じゃあ、ウチ」と言う。

『ウチって、さんのお宅ですか?』

「嫌?」

『いえ、嫌と言うわけでは。さんは、どこか行きたい場所はないのですか?』

「外は外で楽しいかもしれないけど、やっぱり落ち着かなくなっちゃうかなって思って。せっかく颯斗くんと一緒にいられるんだから、ゆっくりしたい」

の言葉に颯斗は目を細めた。

『わかりました』

「えっとねー。じゃあ、ご馳走はわたしが作るから、颯斗くんはケーキを買ってきて。ちっちゃいのね。2人なんだから大きいと食べきれない。あと、ご馳走を食べた後、ちょっと外に出てイルミネーションを見たいな」

『はい』

「あと、ピアノ弾いてくれる?」

の言葉に颯斗は驚く。

『ピアノ、ですか?さんの家にあるんですか?』

「うん、お陰でちょっと手狭。実家のピアノをお姉ちゃんが預かってくれって。あの家、いつ売りに出すかわかんないし。けど、ピアノは自分が家を建てるかマンションを買ったりするだろうからそのときには引き取りたいって言って。今のところ、置けるのってわたしの家しかなかったから。元々、お姉ちゃんはそれを考えてたみたいで、だから、わたしは少し広めの部屋を借りることになったんだって」

なるほど、と颯斗は頷く。

『ですが、夜に弾いて大丈夫でしょうか』

「グランドピアノじゃないんだけど、そんなに音が響く?」

『僕も気をつけながら弾きますが、ご近所から指摘があったら演奏会は中止と言うことにしましょうか』

颯斗が言うとは少し残念そうに同意した。

「けど、颯斗くんは上手だからご近所さんも喜んでくれるかも」

と希望を口にする。

『そうだと良いんですけど。では、何の曲が良いですか?恥をかかないようにちゃんと練習して本番を迎えさせてください』

颯斗に言われては悩み、数曲口にした。

「全部じゃなくていいよ。颯斗くん、普段の練習もあるでしょう?だから」

と彼女が言うが、自分が彼女に出来ることと言えばこんなことくらいだから、と颯斗は全曲披露できる程度に仕上げることを心に決めた。

『ところで、さん』

「なに?」

『僕は泊まっても良いんですよね?』

と言われての頬が熱くなる。

「うん...」

細い声で返されて颯斗は苦笑し『楽しみです』と言った。



12月の下旬に颯斗は帰国し、一旦実家に帰っていた。

クリスマスイブがこんなに待ち遠しいと思ったことはない。

家の中で姉と顔を合わせ、いつものように嫌味を言われたが全くへこたれた気分にならなかった。

師匠のお陰かもしれない、と少しだけ思った。

彼女は、颯斗の師の姉弟子に当たる人で、師は彼女を尊敬しているが、苦手ともしていたようだ。

颯斗も、場合によっては苦手と思っただろうが、どうにも彼女は夏凛に似ているのだ。

夏凛である程度耐性を持った颯斗はそこまで彼女の性格を苦手とすることがなく、そして、彼女の持っている図太さをある程度見習うことに成功しているのだ。

あの良い意味での図太さは尊敬すべき点だ。

昼過ぎに実家を出て街に出る。

へのクリスマスプレゼントをどうしようかと悩んでいるうちに時間はあっという間に過ぎて約束の時間が近付いてきた。

ケーキを購入して彼女のマンションに向かう。

初めて彼女の家に来るな、と今更思った。

ずっと帰国できずにいたのだ。当然だが、彼女は2度も自分のマンションに来てくれた。


インターホンを押すと「はーい」と返事があり、ドアが開く。

「いらっしゃい」

エプロンをつけたまま彼女は顔を覗かせた。

「少し早かったでしょうか」

「ううん、ちょっと苦戦しているだけ」

彼女は気恥ずかしそうに笑って颯斗を家の中に招き入れた。

確かに、学生の一人暮らしにしては大きめの部屋だ。

しかしそれが手狭に感じるその原因を目にして颯斗の表情が柔らぐ。

「本当に颯斗くんはピアノが好きなんだね」

不意にに声をかけられて颯斗が驚いた。

「どういうことですか?」

「ピアノ見て微笑んだよ。わたしがやきもちを焼いたらどうするの?」

イタズラっぽく笑って彼女が言う。

「それは、困ります」

苦笑して応じ、彼女が淹れてくれた紅茶に口をつけた。

「寒かったでしょう?」

「いいえ。この時間が待ち遠しかったです」

そう言ってに口付ける。

「もう!」というはまんざらでもないようで少し嬉しそうだった。

キッチンからは香ばしい香りが漂ってきており、何だかくすぐったい。

この空間が居心地いいのか、気恥ずかしいのか分からない。

だが、凄く温かな気持ちになる。

の手料理はまさに『ご馳走』で、颯斗は思いのほかたくさん食べてしまった。

「ケーキ、入る?」

「大丈夫です。僕、意外と食欲旺盛なんです」

心配そうに言うに笑顔で颯斗が言う。

「じゃあ、先に腹ごなしする?」

「そうですね」と颯斗が応じ、2人は家の外へ出て行った。









桜風
13.4.26


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