月光 73





 先ほどこちらに来るときも駅前を通ってきたのでイルミネーションは目に入っていた。

しかし、隣にがいると一層このイルミネーションが輝いて見えると感じる。

手を繋いで歩く。

が周囲を見渡しているのでいつもよりも歩調はゆっくりだ。

そんなのんびりした時間が宝物のようで、颯斗は思わずの手をぎゅっと握った。

それに応えるように手を握り返したは「綺麗だね」と颯斗に声をかける。

「ええ、とても」と颯斗は頷いた。

と一緒にいるとどんどん思い出が書き換えられる。

嫌いだったクリスマスも、今日は凄く待ち遠しかったし。こんな煌びやかな景色も独りで見ていたときは寂しさを増幅させるだけのものだったのだが、今は全てが美しく、輝いて見える。

――幸運の女神。

「颯斗くん?」

頭の上で颯斗が笑ったように感じたが名を呼ぶ。

「はい」

「嬉しそう」

「はい。僕は、本当にバカだったなって」

バカだったな、と嬉しそうが何故繋がるのだろう。

が問うと「僕は、一度あなたという幸運の女神を手放すことを選んでしまった」と言い、「いえ、二度ですね」と言い直す。

「あなたといればこんなにも幸せな気分になれるのに」

颯斗の言葉には幸せそうに笑う。

「そうだと嬉しいな」

「そうなんですよ」

そう言って颯斗はに口づけを落とす。

「颯斗くん!」

人が見ている、と言いたいのだろうが「誰も見ていませんよ」と颯斗に言われて周囲を見渡せばそれぞれが自分たちの世界に入っているようで確かに周囲を気にしていないようだ。

「だから、僕たちも」と颯斗が言うが、「わたしは、いや」とが言う。

「残念。では、家に帰ったらゆっくりと、ね?」と言われては俯いた。


暫く外の風景を満喫していたが、少し体も冷えてきたので帰宅することにした。

家に帰ってすぐに颯斗が紅茶を淹れてくれる。

ケーキを切って2人で「美味しいね」と言いながら食べた。

さすがに全部は食べられなかったので、明日に持ち越すことにした。

そして、颯斗のソロコンサート。

愛する恋人のためだけに演奏する颯斗は幸せそうで、その表情を目にしたも嬉しそうに微笑む。

颯斗は、のリクエスト全曲演奏した。

は1曲ずつ颯斗の演奏にスタンディングオベーションだった。

ひとまず、ご近所からのクレームもなかったので一安心だった。

再び颯斗が紅茶を淹れた。

「ねえ、颯斗くん」

「はい」

の隣に腰を下ろす。

「何か、ちょっと変わった?」

首を傾げて言うに「変わりましたか?」と問い返す。

「うん。あのね、何度も言うとそれなりにわたし自身がへこむんだけどね。芸術的センスと言うか才能が皆無のわたしが感じたことだから違うかもしれないけどね。ピアノの音がちょっと...」

「最近良く言われます。おかしかったですか?」

「ううん。何か..うーん。こう、まっすぐ一本通ったと言うか...」

首を捻って唸っている。

それは、先日師匠にも言われた。

<これまでのあんたの音は、危うさが人を惹き付けるところだったけど、今はその危うさは克服して別のところで惹き付けてる。いい事じゃない?>

どういうことだろう、と思った。

しかし、彼女は自分が言いたいことしかいわない。後は自分で考えて答えを出さなくてはならない。

それはそれで面白いと最近は思えるようになった。

どんどん前向きになっている気がする。

「前のほうが良かったですか?」

唸り続けているに問う。

「ううん、前も今も好き。颯斗くんのピアノ、凄く好きよ」

そう言って微笑む彼女の言葉が心に沁みる。

そして、ちょっとだけ意地悪をしたくなる。

「僕を好きなのは、ピアノだけですか?」

耳元で囁くと彼女は顔を真っ赤にした。

「颯斗くん、全部が好き」

ポツリと応えたの言葉が嬉しくて颯斗は彼女の唇を奪った。

暫く合わせていた唇を離す。


紅茶もなくなったことだし、と颯斗は風呂を勧められた。

先に風呂に入り、続いてが入る。

風呂から出てきたときにリラックスできるように、とこの部屋に来る前に購入していたハーブティを用意してが出てくるのを待った。
風呂を出たにハーブティを淹れて、颯斗は彼女の髪をドライヤーで乾かす。

以前、ウィーンで彼女の髪を乾かしてあげたとき、とても嬉しそうにしていたので今回もそれをすることにしたのだ。
やはり、は嬉しそうに颯斗にされるままに髪を弄ばれていた。

の髪を乾かしながら颯斗は、もうひとりの師匠が何だか夏凛に似ていると話すと彼女は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、強い人だ」

「そうですね。周囲を圧倒させてます」

「あ、わたしはお礼言ってない」

今更だがそれを思い出して颯斗に言うと

「大丈夫です。僕が、しっかりお礼を言っていますし、夏凛さんだって。ですが、今度お会いしたときには改めてお礼を言ってもいいかもしれませんね」

「それって、今更だけど大丈夫かな」

が心配そうに睫を伏せる。

「大丈夫ですよ」

何せ、なぜか彼女もあなたを気に入っているのですから、という言葉は飲んで颯斗は微笑む。

「そうかな?」

「はい、そうですよ」

自信満々に頷かれてはそう思うことにした。









桜風
13.5.3


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